JAZZ1000回問われた私への質問 3 (BlogPet)

中々
理解しているスタンダードも、たいがいもとをただせば歌謡曲やポップスと呼ばれたことにならないのは当然です
したがってスタンダードさえ演奏家によって演奏されるスタンダード曲とか、常識とかを誤解したかった


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2005年08月31日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

JAZZ1000回問われた私への質問 3




こんな曲もジャズなんですか
 
 たとえば店でエリック リードが演奏する「イェスタデイ」を耳になさった方がこの様な質問をなさいます。この質問はジャズをついこの間聴き始めたばかりという人からも発せられますし、もう何年かジャズをお聴きになったというような人からも問われることがあります。この質問は実に根深いジャズに対する誤解というか大きな問題をはらんでいます。
 これはジャズの自由さに対する理解の難しさの一例だとも言えます。つまりジャズと言うジャンルの曲があると思いがちだ言う点です。まっとうにジャズを理解していればこの様な誤解は有るはずも無いのですが、どっこいジャズを聴いてみようとする方には中々理解しがたいことなのです。
  「第九」と言えばクラシックですし、「北の宿から」と言えば演歌、「スモーク オン ザ ウオーター」と言えばロックというのが世間での常識です。ところがジャズではそうはいきません。
 人気の有るジャズスタンダードを例にとってみましょう。「枯葉」と言えば…シャンソンですね。「イパネマの娘」と言えば…ボサノバですね。
 もうジャズファンの方には言うまでも無いことですが、どんな曲であってもジャズの演奏家によって演奏されたものは何であれジャズになるわけです。ジャズの代表曲のように言われているスタンダードも、たいがいもとをただせば歌謡曲やポップスと呼ばれたものです。
 ジャズをあまり聴いたことのない方にとってはスタンダードと言うジャズの為の曲が最初から存在すると誤解してしうわけです。したがってスタンダードさえ演奏されていればジャズだという誤解もまた生まれるわけです。
 大きな楽器屋さんに行けば「中級者のためのジャズスタンダード曲集」などというものが大きな顔をして並んでいます。正確に述べるならそれは「中級者のためのジャズでよく演奏されるスタンダード曲集」なわけで、その譜面が弾けたからといってジャズを演奏したことにならないのは当然です。
 ヘレン メリルの歌ったように、「ユウ ド ビー ソウ~」をクラブで歌った歌手はジャズを歌ったのでしょうか。
 ジャズ専門誌の新譜レコードの解説で「ここで、彼はシンディ ローパーの曲をカヴァーしているが…」と書いた評論家はジャズを理解しているのでしょうか。
 ジャズは終わったといって評価の定まった昔のジャズしか聴かないジャズ通たちは…


 ああすっきりしました。いったい何回この質問をくりかえされたことか。これからは「ブログを見てね」で済まされるのですから。
 そうはイカのマリネですかね。



 

2005年08月29日 私のジャズ トラックバック:0 コメント:3

オリン エヴァンズ 栴檀は双葉より芳し



"Deja Vu" Orrin Evans (Imani)

 「若手のピアニストで今一番注目しているピアニストは誰ですか。」と問われた時に真っ先に挙げるのがオリン エヴァンズとジェーソン モランです。彼らのピアノからはまさに現代を生きるジャズとしての息吹を感じます。ジェーソンは現在ブルーノートに所属しているため結構お聴きになった方もあるでしょう。今回はオリン エヴァンズのCDを紹介したいと思います。
 オリンの初リーダー作がクリスクロスより発表されたのは1996年のことでしたから彼のことが熱心なジャズファンによって注目されてからかれこれ10年の日が経ったことになります。ただ日本盤が発売されていないのでその名をご存じない方も多いかと思います。
 クールな音色とよく考えられた個性的なフレーズをあわせ持つ非常に素晴しいピアニストです。近年の有望なミュージシャンに共通することですが、とてもよくジャズ界の先輩たちの音楽を聴いていることが彼のピアノから聞き取れます。セロニアス モンク、ジャキ バイアード、ハービー ハンコック、マッコイ タイナー、アンドリュー ヒル、etc.
それらの影響がものまねに終わらずまたばらばらにとっ散らかった印象も与えずに、個性を持ち得ているのは見事です。
 彼はまた作曲にも才能を発揮し、ホーン陣を加えたアレンジメントにも関心が高いようでカルテットやクインテットのリーダー作も発表しています。ここでは彼の演奏を端的に楽しめるトリオの作品を記事にします。
 演奏されている曲目は今までの作品にも取り上げられた"I Want To Be Happy","Rhythm-a-ning"に"I love you "といったスタンダードに自作曲を合わせ9曲となっています。 
 ベースのマシュウ パリッシュはロンカーターばりのフレーズや空間の生かし方も操りながら、レイ ブラウン、チェンバースといった正統的なベースの語法もしっかりと取得し堅実さも持っています。これで彼自身のフレージングがしっかり聞こえるようになればとてもいいベーシストとして多くの人に知られると思います。
 ドラムスのバイロン ランダムもこれまでオリンが共演してきたラルフ ピーターソンのような扇情的なたたきをする訳でもなく、ナシート ウエイツのような疾走感あふれるプレイではないのですが共演者の音を良く聞いているぴったりとしたバッキングぶりを好ましく感じます。
 この作品はImaniというレーベルより2002年に発表されたものですが、
それぞれの曲がよく考えられた完成度の高い出来上がりになっています。若干これまでの作品に比べピアノの音色が細く神経質に感じますがテンションは十分に高く、共演者との一体感も良く聴き応えがあり繰り返して聴いても飽きさせないアルバムです。
 これがこのアルバムを聴いた私の感想でした。ところがこのCDについてよく調べていくうちに意外な事実が判明しました。実はこの作品は1995年にブラックエンターテイメントというマイナーレーベルより発表された"The trio"のリイッシューだったのです。
 とすれば私が手に入れようとして探し回っていた幻のオリン エヴァンズ正真正銘の初リーダー作!!だったわけです。
 その事実を私のつたない英語の読解力で海外のサイトから知ったとき、思わず心の中で呻いてしばしの間身じろぎも出来ませんでした。
 オリン エヴァンズ恐るべし。

 

2005年08月25日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

レコードだけの本格的なジャズ喫茶? (BlogPet)

事実は、少なく見積もっても10年代に製造された作品はまれだと誉めたの盤を除いています
このようになっていますが、そこそことか入らないから聴かないとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう
このようになっていますが、細かとおっしゃる方もたくさんおられます
つまりレコードしかありません
同じレコードでもオリジナルのお金持ちであればオークションと大きい十分を存在しなかった


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2005年08月24日 blog pet トラックバック:0 コメント:2

落ちると深ーいジャズの落とし穴 だからジャズは嫌われる



 ジャズというのは理解しようとすればするほど逃げてしまい、ジャズの深いところまで楽しむことが出来なくなることが多いと感じます。まるで山奥で道に迷ったときに、出口を探して動けば動くほど尚山奥に入っていってさらに迷ってしまうのに似ていると思います。
 ジャズを聴こうとしたはずだったのがまったく違うことを趣味にしていることは良くあるようです。自分で自覚していればそれも立派な趣味だと思うのですが、ご本人はいっぱしのジャズ通のつもりだったりするんです。
ジャズトリビアな人
 「マイルズのお父さんは裕福な歯医者さんだったんだよね。」「リー モーガンは昔日本人と結婚してたんだよね。」「あ、そういえばウェイン ショーターの奥さんも日本人で、みやこさんて名前だったんだ。」「このときマイルズは映画のラッシュを見ながら全部アドリブで吹ききったんだぜ。」
 そんなことはまったくジャズの理解には関係ありません。都市伝説みたいにまったく根も葉もないことも多いですしね。講釈師見てきたようなうそを言い。
ジャズ歴史学者な人 
 「ダンス音楽としての演奏に飽き足らず、自分たちの演奏を楽しもうとした欲求を根源として発生したビッバップは……」
 演奏を聴いたってそんなことはまったくわかりません。ジャズを聴くのにそんな歴史の理解はまったく不要です。
ジャズ理論家な人
 「ミクソリディアン? いやだからさ、あれは純粋なモード一発じゃなくてさコードを進行させる代理手段としてだね便宜的に……」
ご飯を食べるのにお米の作り方を知る必要はありません。
レコードコレクターな人
 「ついにね、見つけたのよデュクレデトムソン。いやぁ、まさかあんなところにさ、あるとはねぇ。それもまるっきりのミントでさ、たったの22万円……」
いやはやなんとも。
懐メロな人
 「それがね、歌舞伎町のビルの地下にあった何とかって言う店でね大音量で至上の愛が鳴ってったわけ。まあ、みんな腕組みなんかしちゃってね。わかってるような顔を…… あの頃の日本が一番……」
 やだやだ嫌ですねえ。
オレはもう40年ジャズ聴いてるぜな人
 「ガーランドのグルービーも聴いたことのないやつにそんなことは言われたくないね。こんなのは定番中の定番だよ。まずそこを押さえてからクオータのことを言ってもらいたいね。大体このアルバムはジミーヒースの……」
あほ丸出しです。
ディスコグラファーな人
 「ブルーノートの中には数多くのお蔵になったセッションがあるんだけれども、中でも有名なのはティナ ブルックスの4052番で、ジャケットとタイトルまで決まっていたのに、なぜかリリースされなかったんだよ。それが、一部のレコードの内袋の宣伝に記載されてたもんだからさ……」
 当然ジャズを聴いてもそんなことはわかりません。
オーディオお宅な人
 「ところがさあ、プリアンプを#7に変えた途端にさ、エバンズのピアノの後ろでコップをカチャカチャさせている音がとてもリアルに聞こえるようになっちゃてさ、それはそれは……」
まったくジャズとは関係ありませんね。

 なんだか書いている間にどんどん気分が悪くなってきたのでこのへんでやめておきます。
 お願いですから、ジャズをこれから聴こうという人の邪魔をしないで下さい。出来ればまっとうなジャズ愛好家になってください。
 なんてね。
ジャズは本当に楽しいんですよ。本当ですってば。

2005年08月18日 象をなでながら考えるJAZZ トラックバック:1 コメント:8

ブルーノートでジャズが語れるか? 目黒の秋刀魚のお味は? (BlogPet)

キャノンの、満足するはずだったの。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2005年08月17日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

音色の違いは一流のしるし ハンク ジョーンズ




"For my father" Hank Jones (Just in time)

 「ピアニストによってそのその人のピアノの音色があるんです。」という話を一般の方にすると、多くの方がそんな訳はないだろうという反応をなさいます。ピアノというのはかなりメカニカルな楽器なので、同一の楽器なら誰が弾こうが同じ音がするだろうと考えるようです。
 そのうえ管楽器やベースなど持ち運びが可能な楽器ならともかく、ピアニストは演奏場所に備え付けの楽器を弾くわけで、ピアニスト固有の音などありえないと考えられるのでしょう。
 管楽器などに比べてその違いがわかりにくいとはいえます。しかしながら、ジャズを聴く人たちの間ではごく普通にピアニストの音色について会話が交わされます。
 「最近は個性的な音色のピアニストが少なくなったね。」
 「クラシックからジャズに入る演奏家がふえたからですかね。」
といった具合です。ピアニストに固有の音色があるのは事実です。レッド ガーランド、エロル ガーナー、アーマッド ジャマルといったピアニストならば、いくつかの音を聴いただけでそれと判別がつきます。ですがけっしてブラインドなんか持ってこないでください、ねっ重寺さん。
 いったいどこからそんな音色の違いが出てくるのでしょう。まず思い浮かぶのはピアノのタッチです。次にペダルの操作によるもの。和音の使い方や左手と右手のタイミングによる音の重なり具合といったところも重要な気がします。まあ私はピアノを弾けませんので聴いて感じたことを書いてみた訳ですが。どなたかピアノをお弾きになる方のご意見も聞いてみたいものです。
 さてここで紹介するピアニスト、ハンク ジョーンズもとても魅力的な音色を持つピアニストです。まさにシルクのような感触や輝きそしてやわらかさを兼ね備えた音色だと思います。彼のピアノの音色を聴いていると、そのままいつまでもずっと聴いていたいという気持ちにさせられます。
 このアルバムはすでに幾枚かの録音で共演しているジョージ ムラーツ、デニス マックレルとのピアノ トリオでの演奏です。ベーシストのムラーツについてはすでにご存知だと思います。最近の彼のベースについてですが、晩年のレッド ミッチェルのような引っ張るようなノリが出てきたように感じます。
 ドラムスのデニス マックレルについてはあまり知られていないかもしれません。彼はベーシー バンドの最後のドラマーでした。ドラムについてはとても厳しいベイシーのことですから、それだけで堅実なドラマーであるとわかると思います。また数多くの歌伴も勤めていますし、シアリングのドラマーとしても有名です。
 アルバムで取り上げられている曲はおおよそスタンダードですが、ハンクらしく余り他の人が取り上げないような曲目も入っています。
 ハンクのピアノはいつもいつも水準の高いアルバムばかりで感心させられるのですが、このアルバムでの特色は彼のピアノがまさに歌っているところです。とてもスムーズにしかも空間を自由に使ってメロディアスに12の曲が奏でられます。そう、先述の素晴しい音色でです。彼のフレーズにまったく無理がないので、ソロをハミングですべて歌えそうな気がするくらいです。ジャズ歌手を志す人は少しつっこんでハンクのアルバムを聴いてみたらいいのではないでしょうか。
 少しばかりあら捜しをすると、アルバムの最初から数曲はリズム隊との調子が合わないのかわずかに演奏がギクシャクします。うるさいかたは4曲目のソフィスティケーティッド レィデイより聴かれるといいと思います。ほんとにわずかな瑕なのであまり気にならないと思いますが。
 ハンクさんは本当に昔からピアノが上手な方ですがまだまだいいピアノへと成長し続けているようです。それにお元気なようで、ユービー ブレイクを抜いて100歳のピアニスト誕生も夢ではないような気がします。うーん、ハンクさんのピアノを目指す人は健康管理も必要ですね、頑張ってください。

2005年08月14日 新譜紹介 トラックバック:0 コメント:0

ブルーノートでジャズが語れるか? 目黒の秋刀魚のお味は?



 
 ジャズ喫茶をやっていた頃に気がついてはいたのですが、最近ネット環境を手に入れてから、尚一層感じることがあります。本当に皆さんブルーノートがお好きですね。私のようなぼんやりとした人間が考えることではないのですが少しばかりブルーノートのことを考えてみました。
 「ブルーノートでジャズを語るのは無理ではないか」というのが私の思いです。ここで間違いの無いように申し添えますが、このブログをお読みいただければわかるとおり私はジャズは好きなものを聴けばいいと固く信じています。したがってブルーノートが好きだということには何の反対もないのです。疑問に思っているのはブルーノートだけでジャズを語ることなのです。
 このことは結構大きな事柄でここですべてを記することはできないのでざっとした事だけを述べることにします。
 ブルーノートが他のレーベルと比べて非常に高い水準で一貫した基調を持った作品を作ることができたのは、ひとえにアルフレッド ライオンというプロデューサーの力によるものです。これには面白い逸話が残されています。
 一般のレーベルではプロデューサーの名前がジャケットの裏面に記載されていますが、ブルーノートにはそのような記載がありません。そのことを不思議に思ったインタビューアーが、問いただした時のライオンの答えがふるっています。「私がブルーノートだからだよ。」ブルーノートは何から何まですべての面でライオンの理想とするジャズを記録したものであったからです。
 無論、実際に作業に当たったのはデザイナーのリード マイルズであり、録音技師のヴァン ゲルダーであり、盟友の写真家フランシス ウルフであったかもしれません。しかしそれらのすべての過程にはライオンの妥協のない目が注がれています。
 それが証拠に、ゲルダーやマイルズは他のレーベルでも仕事をしていますが、それらはブルーノートでの仕事とはかなり仕上がりが異なっています。ゲルダーは言います。「僕はライオンの言うとおりに録音しただけだよ。」
 まさにライオンはブルーノートそのものだったのです。
 ブルーノートはミュージシャンにリハーサルに対するギャラを支払ったことも知られています。また本番でも納得のいくまで何度もテイクを取り直しました。そうして細心の注意を払って作られた作品でも、最終的にライオンが気に入らなければお蔵入りになり発売されることはありませんでした。
 ライオンの思うとおりに一点の瑕もなく磨きこまれたように作られた作品は、彼が聴いてほしいジャズの部分が明確に強調されているためにどんな人にも非常にわかりやすいのです。
 ところがそうやってリハーサルを重ね瑕のないものを選択するといったブルーノートの手法は大きな欠点も兼ね備えているのです。ジャズというのは今そこで出来上がったというフレッシュさが身上なのに、それがそがれてしまうという大きな点です。
 エリントンがコルトレーンと共演したときに、幾度もテイクを取り直そうとする彼に対して「いい演奏というのはファーストテイクで出来上がるものだよ。」と諭したのは良く知られています。ライオンがブルーノートの作品に対して行った手法は、ジャズの大切な部分を壊しかねない諸刃の剣だったのです。
 そんなブルーノートの作品の中にあって、その欠点を感じさせないいくつかのアルバムも存在します。ロリンズの「ヴィレッジヴァンガードの夜」がそうです。稀代のインプロバイザーであるロリンズにとってはライブ盤ということも手伝ってライオンの呪縛をまったく受けなかったように見えます。
 また、マイルズ(クレジットはキャノンボールですが)の「サムシングエルス」はブルーノートの手法を最大限活かした傑作だと思います。まったくノンプロデュースでの逆の意味での名盤は「プラグドニッケル」でしょうが比べてみるのも面白いと思います。
 先に紹介したコルトレーンが生涯でその出来映えに一番満足していた作品が、「ブルートレイン」であったというのもとても興味深い話だと思います。
 本来であれば、このような大きなテーマに対してはこうして大雑把にお話しするものではないと思います。機会があれば詳細な確認を伴いながらまとめてみたい気持ちがあります。
 またこの記事がこれからジャズを聴いてみようという皆さんにはほとんど役に立たないであろう事をお詫びいたします。
 「ブルーノートだけを持ち上げるのはどうもなあ」という私の思いをどこかに記しておきたかったのです。

2005年08月11日 象をなでながら考えるJAZZ トラックバック:0 コメント:2

レコードだけの本格的なジャズ喫茶?




 「ジャズはやっぱりレコードですよね」もう幾人もの方にこう言われました。同意が得られるものと確信してそうおっしやられるようです。ですが私の答えはNOです。そうお答えするとなかには怒りだす方もいらっしゃったりするので面倒なときにはあいまいに笑ってごまかします。
 でも私がNOとお答えするにはいくつかの理由が有ります。
 
 レコードを手に入れるのは難しい
 当たり前のことですがレコード屋と今でも言いならわしていますが、レコード屋さんに行ってもそこで売っているのはCDです。ごく少量の盤を除いて今や新品のレコードが製作されることはありません。したがって聴きたい作品をレコードで手に入れようとすれば、中古レコード屋さんをこまめに探して回るしかありません。よほどのお金持ちであればオークションなどで望みどおりに手に入れることも可能でしょう。が、一般の人にはとても無理な話です。
 レコードの時代にかなりの枚数を所有している人は別として、これからジャズを聴こうという方には圧倒的にCDを手に入れる方が簡単です。気に入った作品のレコードが手に入らないから聴かないということになれば、これはもう本末転倒です。
  
 レコードをいい音で聴くのは大変です。
 CDは音が悪いのでジャズのよさが出ないとおっしゃる方もたくさんおられます。確かに80年代に製造されたCDの多くは聞くに堪えないものでした。しかしながら、現在ではCDのよさを活かした録音がなされておりレコードには無い美点も見出されるようになっています。
 レコードの時代に録音された作品は、CDで再版されたものよりもレコードのほうが音がいいというのは事実です。しかしながらレコードのほうが音がいいというのはいくつかの条件付です。
 まず、オリジナルのレコードを再生する必要があります。すべてのレコードの音がいいわけではありません。同じレコードでもオリジナルのレコードと再プレスされたもの、アメリカ盤や日本盤といった製造国、そして出版したレコード会社のちがいで音には大きな差が有ります。
 なかには本当にこれが同じレコードの音かと疑いたくなるようなものまで存在します。当初の録音発売時より時間がたって再プレスされたもの、オリジナル盤とは生産国のちがうものではいい音でレコードを聴けることはまれだと思ってください。
 ブルーノートのオリジナル盤なぞ10万円を超えるものがゴロゴロしているのが昨今の相場のようです。よほどのお金持ちでもないと聴きたい作品をオリジナル盤でそろえるのは無理でしょう。
 次にレコードを再生するにはその使用する機器にもかなりの費用が必要です。CDよりもいい音でレコードを再生できるオーディオを用意するには、少なく見積もっても100万近くの資金が必要になります。そこそこの音でCDを楽しむのならば30万程度で済むと思います。割り切ってしまえば10万円でも何とかなると思います。
 また手数のかからないCDと異なりレコードを再生するにはプレーヤーやカートリッジなど細かなメンテナンスが必要になります。
 
 このようにレコードでジャズを十分に楽しむにはかなりの出費と根気が必要です。私ならばそんなお金はCDを買うお金に使いたいと思います。十分にお金持ちの方もいらっしゃるでしょう。しかしながら、決定的にCDでなければならない理由があります。

1985年以降の作品はレコードで聴くことはできない
 あまりにも当たり前すぎて書くのもどうかなと考えるくらいですが、これが一番重要な理由です。CDが出回り始めた頃こんなひどい音(当時オーディオ評論家達がこぞって素晴しい音だと誉めたのを私は忘れません)では当分レコードの座は安泰だと思いました。ところが意に反して数年のうちにCDはレコードを駆逐し、85年位よりレコードはまたたくまに売り場より消え去っていきました。
 言うまでもないことですが、2005年現在ごく少数のレコードを除いてジャズの新譜はCDで出版されています。つまりレコードしか聴かないと、85年以降20年間ほどのジャズはまったく楽しめなくなるわけです。85年以降も素晴しいジャズは多数生み出され続けています。それらのジャズを無視してしまうのはあまりに惜しいことです。
 団塊世代の懐メロジャズしか聴かないといった偏った方たちはいいとして、これからジャズを聴いていこうという人にはCDを薦める理由は以上の通りです。

2005年08月07日 象をなでながら考えるJAZZ トラックバック:0 コメント:2

ゆっくり現れたスタイリスト シダー ウォルトン

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"Underground Memories" Cedar Walton (High Note)

 シダー ウォルトンといえば、「玄人受けのする」「いぶし銀のような」「過小評価された」という表現をされることが多いピアニストです。これは国内の評価のみなならず、アメリカ本国でも"underrated"との記述がよく見受けられます。なるほど地味だという印象はぬぐえないかもしれません。
 日本で彼のことが良く知られるようになったのはウェイン ショーターを擁した時のジャズメッセンジャーズのメンバーとしてでしょう。同時代の主要なピアニストとしてはハービー ハンコックやマッコイ タイナーがあげられると思います。この二人がメジャーデビューして数年のうちに自分自身のスタイルを確立しているのに比べ、シダーはデビュー当初の演奏は器用ではあるが個性といった面で希薄であるとの感じを受けます。
  シダーはこのアルバムの録音時(2005年)71歳であるということは、先の二人に比べて最年長であるわけです。にもかかわらず60年代当初彼が活躍を始めたときの参加アルバムでは、ハンコック風であったりマッコイ風であったりティモンズのようであったりといった演奏に終始していたようです。このことがシダーがまるで彼らより後輩に感じるような錯覚をおこさせるのでしょう。
 ハンコックがマイルズのグループのピアニストを務め、マッコイがコルトレーンのグループのメンバーであったことも彼の影を薄くしている要因かもしれません。
 コルトレーンがジャイアントステップを録音する際に一番初めに起用したのはシダーであったのですが、結局のところ発売時にクレジットされているピアノはトミー フラナガンであったというのもなにやら意味深長なものを感じさせます。
 70年代に入ってクリフォード ジョーダンのリズム隊として、サムジョーンズ、ビリー ヒギンズと共にマジック トライアングルを結成し好評を博するようになります。その頃にはシダーのピアノは確たる個性を身に付け素晴しい演奏者に成長しています。
 あまり触れられることがないのですが60年代の終わりごろより彼はミルト ジャクソンと数多くの共演をこなしています。シダーの弾くピアノに感じられるブルーズの香りや、独特のノリはミルトからの影響が色濃く出ているように思います。
 いまやシダーのピアノの影響は数多くの若いピアニストに見て取れるようになりましたが、特にいい具合に彼の個性を自分のものにしているのはリニー ロスネスではないでしょうか。彼女の最近の演奏も一度耳にしてみてください。
 さて、ここで紹介しているアルバムでは、自作の表題曲のほかに9曲のスタンダードをソロで演奏しています。作曲家としても日本人には特に印象的な"Ugetsu"をはじめいい作品が多数ある彼ですが、ここでは著名な曲を中心にアルバムが構成されています。ですが、日本制作の作品にありがちなメロディーべったりのつまらない演奏はまったくありません。どの曲もシダーの解釈と一流のピアニズムで、ピアノソロでも中だるみなど微塵も感じさせない素敵な作品に仕上がっています。
 ゆっくりと自分の個性をはぐくんできたスタイリスト、シダー ウォルトン。彼のことを地味なピアニストと呼ぶのではなく、滋味のあるピアノだと理解してくれればうれしいです。ピアノ好きな方は買って損することがない作品だと保証いたします。

2005年08月04日 新譜紹介 トラックバック:0 コメント:2

歌っちゃったクリフォード ジョーダン (BlogPet)

きのうはフォードは魅力推薦するつもりだった?
ですがきのう、ここまでフォードは構成ー!
それでいてここまでフォードは演奏された!
しかしきのうsilverが、フォードは披露したよ♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2005年08月03日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

モダンジャズの世界の大きさは?



 新譜の紹介をしようと思ったらトラブルで小一時間かかって作成した記事を一瞬にして消失してしまいました。あほですね。気を取り直すのに時間がかかりそうなので、軽い話でも書こうと思います。
 なおカテゴリー名は昔ジャズの雑記のようなものを店内で配っていたときに使っていたものです。
 二十数年前のことですが、あるジャズ屋のオヤジと「いったいジャズというジャンルのレコードは何枚ぐらいあるのか。」といった愚にもつかないはなしをああでもないこうでもないとしたことがあります。
 その頃はいまのように週に何十枚というCDが出版されるということはありませんでした。またヨーロッパなどのアメリカ以外のジャズに関する情報もほとんど耳にすることはできませんでした。おおよその年代をモダンジャズということで40年半ばから80年にかけてという区切りで話をしました。
 そのときにひねり出した答えの根拠はおおよそこんなものでした。
  1. 所持枚数の多さを誇っているジャズ喫茶のレコード数。
  2. 当時一番信頼が置けるといわれたディスコグラフィーのイェプセンでの記載数。
 もう話の詳細は忘れてしまいましたが二人が出した結果の数字はおおよそ一万四、五千枚であろうというものでした。まあいい加減な話なのでその数字の精度は保証できるものではありません。まあ、お遊び程度にお聞きください。
 さてさて、それではレコード一枚の記録時間を両面で30分とすると全部のレコードを聴くには少なくとも7000時間をようするわけです。
一日に平均して3時間をレコード鑑賞に当てるとして、7000÷3は2333日。2333割ることの365は6.4年!!
 たった一回の聴取で内容の把握はできないので3回は聴くとして19.2年!!!! 二人して出てきた数字の途方もなさに驚いて苦笑いするばかりでした。
  よく所持するレコードの枚数を誇る人がいますが、私は以上のようなわけでそれだけではその人を尊敬するわけにはいきません。実際私が伺ったお宅で8千枚のレコードを所持する一般の方がいらっしゃいました。8000÷……  もうよろしいな。
 レコードを持っていることと、その内容を把握していることはぜんぜん違うことなのです。
 私の経験でいくと月に10枚以上の新譜を買うと頭の中やら、物理的な時間やらがオーバーフローしてしまいます。普通の社会人であればせいぜい6-7枚が限度だと思います。つまりどんなに頑張っても年に100枚程度のアルバムを把握するのがやっとというわけです。
 「ああ、命短し恋せよ乙女。」「日暮れてなお道遠し」
 この数字に発奮してジャズに対して志の高いまじめな青年は「よし一刻も早くジャズ喫茶の親父になって、ジャズの世界を制覇するのだ。」と決心。後年modern JAZZ SONNY!を開店したのでした。めでたし、めでたし   もちろんうそです。

2005年08月01日 象をなでながら考えるJAZZ トラックバック:0 コメント:4