されどスタンダード スタンダードが好まれ嫌われる理由 (BlogPet) (BlogPet) (BlogPet)

場合はネットとか聴き覚えがあるはずで
silverが、気まぐれサラダではありませんそれと聴き手は大きな喜びを得るわけですと、silverがあるはずで
silverたちが、気まぐれサラダとかをブログペットしたかった
場合、sonnyたちが、喜びや、広い気まぐれサラダとかをブログペットしなかった
場合はありませんそれと、silverが、大きいエントリとかをブログペットしなかったよ
だって♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2005年09月28日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

私がヴォーカルのジャズライブに行かない理由




 歌詞がわからず洋楽が聴けないので英語の勉強をしているという、最近知り合った若い人がいます。怠け者の私は彼のことをとてもまぶしく感じました。私がヴォーカルというジャンルを避けている理由のうち、大きなもののひとつが歌詞がわからないからということだったからです。
 ならば英語の勉強をするかというと、他にやらなくてはいけない事が有るからなどと言い訳しつつ怠惰な日を送るわけです。我ながらどうしょうも無いなあと感じつつ。
 歌詞などわからなくてもヴォーカルは楽しめるという意見もあります。確かにメロディや歌い手の声、ニュアンスや雰囲気でヴォーカルを楽しむという方法もあるでしょう。
 しかしながら、どんな歌詞でもスキャットで無い限り、そこには意味があります。それをわからずに音楽を聴くという行為に私は気持ち悪さを感じるわけです。
 「正確な意味はわからなくても同じ人間なんだから大体のことは伝わるだろう。英語だって二、三割分かれば十分、音楽は世界共通だよ。」とおっしゃる方も多数いらっしゃるでしょう。それは大きな幻想です。ここでも、人は事実を知りたいのではなく、信じたいことを信じるのです。

 英詩の曲のタイトルを使わずに、日本語のタイトルが使用されていることがあります。
 I Can't Give You Anything But Love ただ捧ぐるは愛のみ
 Someday My Prince Will Come     いつか王子様が
といった具合です。この例の場合ではこの日本語タイトルは間違いではなく妥当なものだといえます。しかし誤訳として有名なものも多数あります。
 Just Friends       とてもいいお友達、とても仲良し
 You'd Be So Nice to Come Home To   帰ってくれれば嬉しいわ 
"Just Friends"はお付き合いを断りされるときの常套句「いつまでも良いお友達でいましょうね」というのが本当の意味です。
"you'd Be So Nice to Come Home To"は帰りたいのは私の方で、「帰って行けたら嬉しいのに」が正しい意味だそうです。このことはこの日本語タイトルをつけた大橋巨泉氏が陳謝しておられます。
 この二つの例はとても有名なので最近は訂正されていることが多いのですが、まだまだそうとは知らずに理解されたつもりの方もいらっしゃるようです。
 英語のタイトルからしてこの有様です。生半可な英語では正しい歌詞の理解はとてもおぼつかないようです。
 「細かいことは分からなくたって大体のニュアンスは伝わるもんだよ。悲しみは悲しみ、喜びは喜びだよこれは万国共通。」との反論も有るでしょう。またしてもまたしても人は信じたいことを信じるわけです。
 ジャズというのは素直に悲しいことを悲しいと言わないことも多いのです。心のうちでは悲しいのにそれをさらっと言ってのけ、わざと明るく振舞う。そのことがその悲しみをより倍加して人に伝えるわけです。
 こうなるとやはり正確に歌詞を理解しないと十分にその歌を楽しむことは出来ないわけです。

 最近は幾分英詩に対する解説書もあるようで、歌い手の中でもよく勉強しておられる方もいらっしゃるようです。しかしながら、特に強調する部分でもない歌詞を歌い上げたり、英語の理解できない私ですらへんな英語で歌う方もまたいらっしゃるようです。
 とくとくとしたしたり顔で歌っていた方が、外国人の方がいらした途端どぎまぎとして歌がボロボロになるというのを見ていた経験もあります。
 よくも分からず自信たっぷりに歌を唄う歌手。歌詞などわかっちゃいないが得心顔で拍手を送るジャズ通達。
 どうしても私はこういった状況の中では居心地の悪さを感じるのです。
 

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2005年09月24日 象をなでながら考えるJAZZ トラックバック:0 コメント:17

天が与えた二物 ナット キング コール



"Lester Young Trio" Lester Young (Verve)

 ご存知の方も多いと思いますがナット キング コールとオスカー ピーターソンについて有名な逸話があります。ナットのことをとても敬愛していたピーターソンは素晴しいテクニックを使いピアノを弾き、ナットばりの歌をステージで披露していました。それを聞いていたナットはピーターソンに対してひとつの契約を持ちかけたというものです。
 その契約とは
  ピーターソンはピアノを弾き歌を歌うのをやめる
  ナットは歌を歌いピアノを弾くのをやめる
というものでした。
 こういった逸話についてはがせねたも多いものですが、ピーターソンの話からも事実のようです。実際のところピーターソンはナットが亡くなるまで歌を歌うことは無かったようですし、ナットもピアノを弾くことは無かったようです。ナットがこの世を去った後ナットに対するトリビュート盤がピーターソンによって作成され、そこでは久しぶりに歌う彼の姿が記録されています。
 そのアルバムや昔に記録された曲から聴かれるピーターソンの歌は上手ではありますが、とてもナットのような魅力あふれる歌とは比べるべくもないように感じます。ピーターソンにとって歌を捨てピアノに専念したことは、その後の活躍を見てわかるとおり正しい選択であったように思われます。
 さて一方のナットの方はどうだったでしょう。これまた彼も歌の分野で大成功を収め素晴しい歌い手として世に名を残しました。それはジャズにとどまるものではなく、ポップスとして広く一般の人に知られる目覚しい成果をあげることになりました。かの約束はナットに対しても素晴しい結果を産んだといえるでしょう。
 でも私はナットがピアノを弾かなくなったことに対して少なからず淋しさを覚えるのです。その理由のひとつがここに挙げているアルバムです。
 このアルバムは何かと評判の悪い(私はその説にくみするものではありません)除隊後のレスターのアルバムですが、レスターの残したアルバムの中でも特に好きな一枚です。レスターヤングという人は一般的にはベイシーのバンドに所属したことからも理解されるとおり、スイングの中にカテゴライズされるようです。しかしながら彼の演奏を聴けばすぐに理解されるとおりとてもモダンなテナー奏者です。
 残念なことにモダンジャズであるリズム隊との録音はあまり無くその先進性をあまなく記録したレコードは無いようです。レスターの素晴しさはそのフレージングや音色はもちろんのことですが、パーカーやロリンズと同じくリズムに対する自由さや、大きな構成のソロにあると思います。
 パーカーがその個性を確立するに当たり、アルト奏者のものではなくレスターをコピーしたという事実にはとても興味深いものがあると思います。
 そのレスターに劣らない先進性を持っていたユニークなピアニストがナット キング コールであったと思います。このアルバムではレスターのテナーとナットのピアノにバディ リッチのドラムスで演奏が行われています。ベース奏者がいないのですが、その役割はナットの左手が十分に果たしています。左手で奏でられるベースラインに自在に絡みつくような右手でのもうひとつのライン。当然のことながら右手ではメロディも奏でられるのですが、そのつかい方がとても巧みであるため、まるでナットが3人分もの役割を果たしているかのように聞こえます。
 そのラインで選択される音のとてもユニークなこと。この時代にこれほどのモダンな響きを持ち込んだのはバド パウエルやセロニアス モンク、エリントンぐらいではなかったのでしょうか。
 それらのラインや奏でられるフレーズのタイミングもまったく自由で驚くべきものです。演奏からところどころに感じられる均一な四部音符のノリが無ければ、とてもこれがスイングにカテゴライズされる演奏だとは思わないでしょう。
 それら先取性あふれるナットの演奏に反応してとても楽しそうにレスターが自由な演奏を繰り広げています。こんなにレスターを刺激したピアニストは後にも先にもナット キング コールただ一人であったのでは無いでしょうか。
 
 ピアノを弾くのをやめ歌に専念することを選んだナット。本当に彼の選択は正しかったのでしょうか。彼がモダンエイジにピアノを弾き続けていればどんなことがジャズにもたらされたでしょうか。またもやあるはずもないたられば…
 たとえ天から二物を与えてもらったとしても人の一生はあまりに短いと思わずにいられません。

2005年09月21日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

されどスタンダード スタンダードが好まれ嫌われる理由 (BlogPet) (BlogPet)

場合、ネットでシェフなど聴き覚えがあるはずです
場合はネットで構造や広いシェフの気まぐれサラダではありませんそれと聴き手は大きな喜びを得るわけです
と、silverが思ってるの。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2005年09月21日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

JAZZ1000回問われた私への質問 5




ジャズはやっぱりライブが一番ですよね 2
(この項続きより)
 今度は聞き手の側についてです。ジャズが二度と同じ演奏が繰り返せないのは本質ともいえる特性です。ところが録音された演奏を鑑賞する場合は同じものを好きなだけ繰り返し鑑賞することが可能です。従って奏者が少々難解なプレーを行ったとしてもその演奏を繰り返し鑑賞することによって、その意図を理解するようになることが出来ます。
 ライブの場ではいみじくもドルフィーが言ったように放たれた音は空中に消え去ってしまい二度と捕まえることが出来ません。ということは聴き手の側もその一度限りの演奏の中でそれらの曲を味わいつくさなければいけなくなります。
 この様にライブの場では演奏者の力量も問われると同時に聴き手の鑑賞力も問われることになります。

 こう書いてくると私がライブを否定し録音されたジャズの擁護者のようにお感じになると思います。がもう少しお付き合い願います。ライブの場でしか味わえない大きな美点があるのです。
 それはたとえ音楽の聴き手であっても、ライブの場では演奏されたジャズの参加者であるということです。演奏者の奏でた音に対して観客は様々な反応を示します。

 音楽に合わせて首を振り足踏みし感に堪えない表情を浮かべる
 困ったような顔をし静まり返る
 大きな拍手に掛け声
 つまらさそうなようす
 うっとりと寄り添うカップル
 演奏そっちのけで大声でしゃべるテーブル

 それらの聴き手の反応は演奏者に伝わりそれらが再び演奏へと反映されフィードバックされることになります。ノリノリの演奏はますます拍車がかかり、さらにいい演奏になります。もちろんその反対もありうるわけですが。
 そんなことは無いだろうとお疑いの方がいれば、一度ライブへお行きになり気に入った演奏が行われたらすかさず大きな拍手をしてみてください。そのプレイヤーの演奏がとたんに熱を帯びるのが実感できるはずです。
 ジャズとても本質的にエンターテイメントであり、演奏者と聞き手が揃ってこそ成立するものなのです。そうでなければプレイヤー達は練習スタジオにこもり、気のあった仲間たちと気の済むまで演奏すればいいだけのことです。

 いいライブでの演奏はよき聴き手の心の中に残り、音は消え去ったとしても心の中に刻まれ失われること無く在り続けるのです。
 一度きりの演奏の中で聴き手として参加することはとても大きな満足感を与えてくれます。こればかりはどんなにいい名盤を聴いたところで得られない幸せです。

 ジャズを愛好する方々が、そして私自身も、いいライブの場に参加でき素晴しい幸福な体験を持たれる事を願っています。やっぱりライブは最高です。たとえわずかな機会しかないとしても。 
  


2005年09月14日 私のジャズ トラックバック:0 コメント:2

ウディ ショウ と マイルズ (BlogPet)

silverたちが、ハイノートからは44歳、夭逝のトランペッターウディショウ
こういうシチュエーションに日本人は弱いと思うことですが、いつものレパートリーに加え"Byebyeblackbird"と言ったスタンダードをプレイが彼のレギュラーユニットによる演奏ですが、いつもの月日がたつわけですが、いつものレパートリーに加え"Whenlightsarelow","OPEC"というウディショウスタンダードをプレイしなかったの?
とか思ってるの。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2005年09月14日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

JAZZ1000回問われた私への質問 4




ジャズはやっぱりライブが一番ですよね 1

 好条件に恵まれたライブの演奏は録音されたものとは比べ物にならないぐらい素晴しいものです。しかしながらたいていの場合録音された佳作のほうがライブの演奏よりも満足のいくリスニング結果が得られます。
 
 誤解されていることのひとつに録音されたものよりも生で聴く音のほうがよいという神話があります。
 ジャズの録音現場ではひとつの楽器の対して数本からドラムスなどでは10本程のマイクが使われるのが普通です。また各楽器どうしの音がかぶってしまい音がにごるのを防ぐために個別の仕切りの中で楽器が演奏されたり適切な遮音が行われます。このことにより細やかなピアノのタッチであったりベースの弦が指でこすられる音、ブラシがスネアを擦る音などが記録されます。
 その後楽器の音量調整や残響を付け加えたりイコライジングなどが施された上でCDなりレコードなりといった媒体が作製されます。
 その結果がとても生々しいと言われるブルーノートの音であったり自然だと呼ばれるコンテンポラリイの音であったりするわけです。
 日ごろ私たちが聴いている録音された音は実は作り上げられた理想のジャズ演奏の音であるわけです。決してこの世の中に自然に存在する音ではないのです。

 一方ライブハウスの現状はどうでしょう。生音とは名ばかりで客席に等しく音を行き渡らせるためにPAが使用される場合がほとんどです。つまりこの時点ですでに生音ではなく電気を通した音を聴いているわけです。それに使用されるマイクやアンプ類といったものもスタジオで使用される高性能のものではなく堅牢製を一義とした製品であることが多いのです。
 またPAを使用しない場合でも問題は山積しています。スタジオのように各楽器間の遮音がないためにそれぞれの楽器の音がそれぞれ共鳴して(特にドラムスとベース)音が濁ってしまいます。
 次にそれぞれの演奏者が自分の出している音と他人の楽器が出している音とのバランスをとることが出来るかという問題があります。各楽器奏者の一人でもそれが出来ない場合はひどく聞きづらい演奏となってしまいます。
 またその演奏を聴く客席の場所も重要です。ドラムスのシンバルの前やPAの片チャンネルまん前に座らせられたりしたらもう満足のいく音を聴くことはかないません。
 演奏が行われている場所の音響特性も重要です。残響が多すぎる部屋ではないか。場所によって大幅に音の聞こえ方が変わったりしないか。
 この様にライブでいい音を聴くことはとてもむつかしいことなのです。
 
 さて今度は実際の演奏についてです。ジャズというのは譜面の音楽ではありませんので演奏の出来不出来はかなりのばらつきがあります。そのためジャズの録音に際してはプロデュウサーの意図によって最適なメンバーが集められリハーサルが行われます。その上で本番が行われ、数回の演奏が記録されます。そしてその中より一番素晴しいと思われる演奏が選択され製品になるわけです。
 ライブの演奏の場ではまず演奏を行うプレイヤーの水準が問われます。レコーディングに際しては最高のメンバーが集められますが普段の演奏ではメンバーの水準が落ちる場合も少なくありません。
 何よりもライブの場では演奏は一発勝負です。演奏ののりが悪かったり間違えてしまったりしてもやり直すことは出来ません。演奏の出来不出来はそのまま結果になってしまうわけです。
 自分の経験からいけば(在大阪)調子のいい演奏に出会う確立は10回のうちに一度あればいいほうだと思います。先日東京のライブハウスのマスターとお話した際にこのことについて話題が及んだ際も「10回に1回ならいいほうだよ」とまったく同意見でした。
  
 さてさて、これでもジャズはライブに限ると言えるでしょうか。
                      
                         (この項続く)
 

2005年09月13日 私のジャズ トラックバック:0 コメント:0

リー モーガン もうひとつのサイドワインダー




"Live at the Lighthouse" Lee Morgan (Blue Note)

 ジャズの大きな魅力にかっこよさがあります。その中でも花形楽器といえばトランペットでしょう。またその中でもこれほどかっこいいという言葉がしっくるくるのはリー モーガンを措いてほかにないと思います。彼の演奏はまったく明解なハードバップそのもので解説など必要がないと感じます。その演奏を聴いて問題になるのは気に入るか気に入らないかということだけです。
 リー モーガン最大のヒット曲といえば皆さんご存知のとおり「サイドワインダー」です。ロックやポップスと互角に勝負してヒットチャート入りを果たしたというのですから今ではまったく考えられない人気ぶりです。
 ところがその大ヒットのおかげでライブのたびに「サイドワインダー」のリクエストがあり、その曲を吹かない限りお客が満足しないということになったそうです。同じことを二度やるのを潔しとしないのがジャズメン。その為リー モーガンはもう「サイドワインダー」の顔も見るのも嫌だという気持ちになったそうです。同じようなことはウエス モンゴメリーにもあったようですが、なんともジャズの本質というのを理解してもらうのは難しいものだと思います。
 ここに取り上げたのは彼の晩年のライブ録音の人気盤です。晩年といったところでこのとき彼はまだ31歳なんですが。この胸のすくような演奏がぎっしり詰まったアルバムは、当初ブルーノートより2枚組みとして発表されました。当時すっきりしたハードバップのレコードが少なくなっていた時期でジャズ喫茶などでは大変な人気盤であったようです。オリジナルのリリースでは片面に2曲ずつ計8曲が収められています。ところが後に同一メンバーで録音されたアルバムが海賊盤で出回り、それが未発表であるのか別のセッションであるのか判然としない形で世に出回ることになりました。
 1996年になってブルーノートから正式に未発表の演奏を含めCD3枚組み計13曲として発売されたのが紹介しているこのCDです。レコードでの入手が非常に難しくなっていたのでこの発売はとてもうれしいものでした。
 そしてその付け加えられた未発表曲の中に「サイドワインダー」があったのです。あんなにリー モーガンが嫌がっていた「サイドワインダー」。それがまあなんということでしょう。バリバリのノリノリで熱気あふれる演奏に仕上がっているのです。
 のっけからハイテンションでとばすこととばすこと。ベニー モウピンがソロを取っている後ろでも思いっきりあおりまくるリー モーガン。そのさまはまるで楽器こそちがえホレス シルバーのようです。ハロルド メーバーンという人は一本調子になってしまうきらいがあるのですが、ここぞというつぼにはまったときの彼は最高で遺憾なく彼の持ち味を発揮しています。盟友のジミー メリット、ドラムスのミッキー ローカーも一丸となって熱い演奏を繰り広げます。
 こういう演奏に細かい説明などまったくの蛇足です。ぜひ一度出来うる限りの大きな音で耳にしていただきたいと思います。冒頭に述べたとおりこれこそ解説不要の名演といえましょう。難解さなどかけらもないアルバムですのでこれからジャズを聴いてみようという方にもお薦めの一枚です。

2005年09月09日 埋もれたCD紹介 トラックバック:1 コメント:5

されどスタンダード スタンダードが好まれ嫌われる理由 (BlogPet)

場合、たまご焼きやオムレツといったものがおいしいお店は確かだと思っていただければよかった
シェフの気まぐれサラダでは有りません
幾度と演奏者が曲にもたれかかって(カヴァー)
作品を作り上げたので、たいていの曲をあまり壊して(カヴァー)
作品ではありません
それと聴き手は大きな喜びを得るわけですから
私が有名盤(サキソフォンを存在したかった)
sonnyが、オムレツとかを反応しているわけです
この辺の事情はエラフィッツジェラルドは好まれ、耳なじみのある人たちはスタンダードの演奏を聴きなおした上でようやくその演奏し、またその真価を聴き覚えがあるはずです
まあこれまでに数多くの演奏が好まれる傾向があり、曲の構造も、聴き所が無く誰が弾いてくれればその演奏の価値はわかりにくいと思います
一般の人にアピールするキャッチーなメロディやサビといったものがおいしいお店ならそのお店の価値はわかりにくいと思います


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2005年09月07日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

されどスタンダード スタンダードが好まれ嫌われる理由



 
 ジャズを聴き始めて間のない方やジャズを意識しておられない普通の方達にはスタンダードの演奏はおおむね好意を持って受け入れられるようです。まず第一にスタンダードのたいていの曲がポップスやミュージカル・映画などでヒットした大衆曲であることが理由に挙げられます。したがってもともと一般の人にアピールするキャッチーなメロディやサビといったものが含まれているわけです。
 またスタンダードのスタンダードたる所以ですがそれこそ時代を重ねて様々な場所で演奏されるので、曲名までは知らなくてもどこかで聴き覚えがあるはずです。人というのはかなり保守的に出来ているらしく、新しいものには拒絶反応があるけれども、耳なじみのあるものは好まれる傾向があります。
 またスタンダードを演奏するにしてもバラッドとしての演奏が好まれるわけで、原曲をあまり壊してしまう演奏は嫌われることが多いようです。この辺の事情はエラ フィッツジェラルドは好まれ、サラ ヴォーンは敬遠されがちなのを見てもわかるとおりです。
 結局のところジャズの本質といわれることの多いアドリブという部分はすぐに理解されるはずも無く、たいていの方はメロディを追ってジャズを楽しむことになっているわけです。
 反対にジャズ通と呼ばれる人たちはスタンダードを軽視する傾向が見られるようです。ありきたりの曲をありきたりに4ビートに乗せてバラッドで演奏されても、聴き所が無く誰が弾いてもおなじではないか。というのがその大きな理由だと思います。
 一般の人にも受け入れられるような曲を耳に優しいように、ネームヴァリュウのある人たちに演奏させた商売向けの作品ではないか。あるいはアドリブをしようにもそれほどのオリジナリティを持ちえない演奏者が曲にもたれかかって(カヴァー)作品を作り上げたのではないか。
 こういった点がジャズ通の方がスタンダード集のようなアルバムを軽視する理由だと思います。実際にそういった作品が多く存在するのですが。しかしながら私はそれでもスタンダードを演奏し、またその作品に耳を傾ける必要が有ると考えます。
 幾度と演奏され語りつくされたスタンダードであってもそこへサムシン エルスを加えることは不可能では有りません。そういった作品を耳にするたびにその曲の新しい側面を発見し聴き手は大きな喜びを得るわけです。まあこれは中々生易しいことではありません。
 それと聴き手にとってもオリジナルの作品を一度耳にしただけでその真価を聴き取ることは容易ではありません。やはり何度も演奏を聴きなおした上でようやくその演奏の価値を認めることが出来るようになります。スタンダードの演奏を聴いた場合は聴き手としてもこれまでに数多くの演奏者による曲を聴いた蓄積があり、曲の構造もしっかりと把握できているわけです。
 したがって、演奏者がスタンダードを弾いてくれればその演奏から、
 プレイヤーはどんな先達から影響を受けているのか
 曲を解釈するのかただのモチーフとして扱うのか
 ストーリーテラーなのかアイデア重視なのか
 天才形か秀才形か
 芸術肌かエンタティナーか
 結局のところジャズをどれほど理解しているのか
といったところをたやすく聴き取ることができるわけです。いわゆる試金石の働きをスタンダードがしてくれるわけです。
 食堂の定番メニューみたいなものだと思っていただければいいと思います。シェフの気まぐれサラダではそのお店の価値はわかりにくいと思います。が、たまご焼きやオムレツといったものがおいしいお店ならそのお店は確かだと思えるでしょう。
 といったような訳で私はスタンダードの演奏も大好きです。本当はジャズのアルバムのレビューも超有名盤(サキソフォン コロッサスやクール ストラッティンetc.)有名レーベル(ブルーノート リバーサイドetc.)に対してはとても難しいものです。それらを評する人々の試金石になるわけですから。
 私が有名盤の紹介をしないのはそういうわけだったりしてね。

2005年09月05日 象をなでながら考えるJAZZ トラックバック:0 コメント:4

ウディ ショウ と マイルズ





"Live volume four" Woddy Shaw (High Note)

 享年44歳、夭逝のトランペッター ウディ ショウ。こういうシチュエーションに日本人は弱いと思うのですが、いまひとつ一般的な人気に乏しいように感じます。そんな人気は別として彼が残したひたむきな演奏はどれも素晴しい物ばかりです。
 彼がこの世からいなくなってしまってからすでに16年の月日がたつわけですが、ハイノートからは4枚目になる未発表ライブ録音が出版されています。いったい全部で何枚出るのか分かりませんが熱意あるプロデューサーのジョー フィールズに感謝です。
 ウディと言えばデビューアルバムのブラックストーン レガシーに代表される先鋭的な演奏がまずは思い出されると思います。真剣勝負といった感のある、切れば血が出るような手を抜くなどとと言うことはまったくありえない真摯なプレイが彼の第一の魅力だと思います。スピード感あふれるシャープな演奏は深く精神性を匂わせ、同時代のフレディ ハバードの肉体を感じさせる演奏とは好対照をなしていると思います。
 その演奏スタイルはおのずとそれを聴く者にも影響をあたえ、寝転がって彼の演奏を聴くというわけにはいかず、ちゃんと居ずまいを正して聴かなくてはという気になります。そのところが一般の人々に対して人気を勝ち得ない理由ともなっているのでしょう。
 ここで紹介するアルバムは81年当時の彼のレギュラーユニットによる演奏ですが、いつものレパートリーに加え"When lights are low","It could happen to you","Bye bye blackbird"と言ったスタンダード曲が演奏されています。ほほうっ、と感じられた方もいらっしゃるでしょう。そのとおりです、ちょっとしたマイルズへのトリビュートといった風に思われる仕上がりになっているのです。
 ピアノのラリー ウィルスなんかは、ぽんぽん機嫌よくケリー節を聴かせてくれ、聴く者をいやでもそんな気分にさせてくれます。そんな中でマイルズの思いをしっかりと感じさせながらウディがミュートでメロディを綴っていきます。
 そのことが彼の中のマイルズよりの遺産とウディにしか持ちえない吹奏とをきわだたせ、聴き応えのあるスタンダードとなっています。そしてそれらの曲の間に"The time is right","OPEC"というウディ ショウ スタンダードが炸裂し、一枚のアルバムをあっという間に聴き終えさせてしまいます。いいライブアルバムを聴いた時にいつも思うことですが、この演奏の空間の中に一人のオーディエンスとして存在したかったと切に思います。
 マイルズのマラソンセッション4部作あたりがお好きな方へもお薦めです。ぜひ一度耳になさってください。ウディのファンが一人でも増えればと願っています。

2005年09月02日 新譜紹介 トラックバック:0 コメント:0