鶴澤清治 名人と呼ばれる人の音色




文楽「御所桜堀川夜討」 弁慶上使の段


ありがたいことに大阪に住んでいますと文楽を観に出かけることが割りと簡単に出来ます。東京などでは文楽公演のチケットを取るのは結構大変なようです。

大阪ではちょっと恥ずかしいことなのですが、たいていの場合当日に国立文楽劇場に足を運べばチケットは取ることが出来ます。また幕見といってひとつの出し物だけを見ることの出来る座席が用意されていて、千円台で世界遺産である文楽を気軽に楽しむことが出来ます。

実を言うと今回は、市川団十郎、坂田藤十郎の競演となる勧進帳を幕見で見ようとしたのですが、さすがの人気で幕見席が売り切れ観る事が叶いませんでした。

ならばということで次善策として用意してあった文楽はどうかと、劇場へと足を向けると、これはもう今までに見たことの無いような人だかりでロビーが埋まっていました。

さすがに正月のことであったのか文楽も人気が出てきたのか、多分その両方であったのでしょうかこの分では文楽も観る事が出来るのか心配になりました。

私が観てみたい(聴いてみたい)と思っていたのは文楽「御所桜堀川夜討」 弁慶上使の段 だったのですが、難なく券を取ることが出来ました。

当日の人気演目は人間国宝の住大夫さんがおでになる壷坂観音霊験記であったようで、人気薄だったのか幕見の席では一番いい席で観る事が出来ました。

弁慶上使の段というのは結構ハチャメチャな内容のストーリーで、弁慶には一夜限りの契りで出来た見たことも無い娘がいたと言う設定になっています。

その娘を一目見た途端に自分自身の手で殺してしまわなければならなくて、泣かない豪傑弁慶がおお泣きするという筋立てになっています。

またその母である一夜の契りを交わした母おわさが、親と一人の女性である自分の間を激しくうつろうと言う、なかなかダイナミックな演技が必要な役どころになっています。

一度はこのとても劇的な筋書きが、お人形と浄瑠璃でどう現実味を損なわず表現されるか観てみたかったのです。


前半、これと言ったこともなく納得しながら舞台上を見つめていました。後半になって義太夫が交代するのですが、これがこの舞台の一大事でした。

代わりっぱなにお三味線の「てーん」と言う音を聴いた途端、身の内がぶるっと震えました。

「なんや、この三味線の音は」

たった一音で私の耳は太棹の音色の虜になりました。全く迷いの感じられない屹立した音でした。

それからはもう、舞台上のお人形や大夫さんの語りはそっちのけで、演目の終わりまで三味線の音色につかまってしまいました。

文楽でこんな経験をしたのは初めてでした。


演目が終了した後に相方のリムスキーと、劇場のそばの行きつけの居酒屋へ行きました。彼女が開口一番「後から出てきたお三味線良かったねぇ」と。

やはりと言うべきか、何とと驚くべきか、彼女もお三味線の音色に心を奪われていたのでした。前半は良く寝てましたけれども。

あわてて劇場で買った番付を見て、かのお三味線の名を確認すると鶴澤清治とありました。

家に帰って、ちょっと調べてみると「芸の真髄シリーズ」第一回として5月には東京の国立劇場で鶴澤清治さんのお三味線にスポットをあてた公演があるようです。

さすがに東京までは聴きに行けないですねぇ。東京近辺にお住まいの方はお時間があればぜひどうぞ。


私もこれからは関西近辺の義太夫公演はがっちりチェックしたいと思います。

ますますジャズから遠ざかりますなぁ。





2007年01月30日 古典 文楽 トラックバック:1 コメント:6

だって♪(BlogPet)

迷いの感じられない屹立したのか文楽も人気が出てきたのでしょうと言うべきか、彼女もおお泣きするという筋立てになっていたのか心配したかった
だって♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2007年01月30日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

ジョージ アダムズ-ドン プーレン 「ちゃんとしなくちゃ」

georgadamsdonpullen


"Don't lose control" ドント ルーズ コントロール
George Adams-Don pullen  ジョージ アダムズ-ドン プーレン
SoulNote 121 004-1


「あれ、彼ったらまだ来てないわ
 出がけに子供達に手間取って遅くなっちゃったけど…

 まさか、帰っちゃったってことはないわよね

 私の今日の格好ちょっと派手だったかしら
 デートなんて6年ぶりだから若いときの服しかなくって
 
 彼、この服気に入ってくれるかしら

 この服ならどんな所へ連れて行かれても大丈夫よね
 
 帰りに彼の家に誘われたらどうしようかしら

 それにしても遅いわねぇ

 彼ももとダンみたいにいいかげんな人だったらどうしよう

 ほらほら、私ったらちゃんとしなくちゃ」


以前の記事でfalsoさんのブログにのっかってジャケットの話を書きました。今回もfalsoさんが書かれたお尻ジャケットにのっかって記事を書きました。

女性の後姿がメインのアルバムジャケットと言うとすぐに頭に浮かんだのはこのアルバムでした。

「最悪のジャケット」と評する人も多いのですが、わたしはこのジャケット結構気に入っています。アートディレクターのジジ バルビエリはソウルノートでやる気有るのかないのかわからない迷ジャケットを量産する人として、私の中では有名です。

でも、他人様とジジ バルビエリの話で盛り上がったことなど無いので、一般的にはリード マイルズのような名アーティストほど有名ではないと思います。

ジジの省エネデザイン極まれりというこのジャケット。最初に見たときはちょっとあっけにとられました。そのとき以来ジジの名前は意識してアルバムを眺めています(笑)。

肝心のジャズアルバムとしての内容の方ですが、不動のメンバーによるバンドとして脂の乗っていたアダムズ-プーレン双頭グループの代表作としておすすめできます。

演奏されている曲もジョージ アダムズの手になる名曲の「オータム ソング」、プーレンが以降も何度も演奏する「ダブル アーク ジェーク」が収められ、聴き応えのある一枚に仕上がっています。

あまり、言及されることがないのですが、「ダブル アーク ジェーク」を聴くと彼のソニー ロリンズへの傾倒振りがしっかりとうかがえると思います。

オリジナルアルバムのライナーノーツを書いている執筆氏は「ダブル アーク とは誰のことだか分からないが」としていますが、アダムズ-プーレンのジャズが好きなら簡単に分かるはずなんですけどね。

そう、あの人のことです。

お分かりなりませんか。

ヒント:ミンガスバンド

ねぇ。



この記事に掲載のアルバム
Don't Lose Control





2007年01月24日 レコード トラックバック:0 コメント:2

狂言じゃ狂言じゃ古典こてん

20070117224643.jpg


狂言を観る事が今年の初ライブになりました。昨年、一昨年と新年の口開けには三代目春團冶の落語を聴きに参りました。

今年は人間国宝でもある、茂山千作さんが弟さんの千之丞さんと出演されるとの事で狂言の方を見に行くことにしました。

たった今、人間国宝と書いて思ったのですがどうして三代目は人間国宝の指定が無いのでしょうね。とても不思議な気がしますね。芸の値打ちが受賞や肩書きで決まるわけではないのですが、わりきれないものを感じます。

「素襖落」の太郎冠者という役どころを千作さんが演じ、主人の伯父役を千之丞さんが演じておられました。千作さんが1919年の生まれ、千之丞さんが1923年の生まれと言いますから、今年で88歳と84歳になられるようです。

ご兄弟でありながら千作さんと千之丞さんの芸風はかなり異なるように見受けられます。

千之丞さんは、とても理知的な感じのする方でその台詞回しや所作も狂言という古典の中ではリアリティさを感じます。

一方兄の千作さんのほうは私生活本来のことはわかりませんが、全く天衣無縫というか役どころがそのまま千作さんであるかのごとくあてはまるような自然な演技が持ち味だと思います。

もちろん、これは狂言を観ている者が勝手に感じているわけで、ここにいたるまでの芸への精進はものすごいものがあったのでしょう。けれども舞台の上で拝見する千作さんは役を演じるという風がほとんど感じられずまるで素のままのようにすら見えます。


千作さんが舞台に登場すると、能楽堂全体がぱっと華やいで見えます。これは舞台上のことだけではなく、観客席も皆がふーっとにこやかになるのが感じ取れます。

狂言の所作と言うのは常に中腰でスムースな動きが要求され、結構な所作も有ったりしてご老体には大変なように見えます。事実千作さんの動きには多少ギクシャクしたところが見受けられますが、演目に引き込まれるうちにあまり違和感は感じなくなりました。

舞台上の千作さんのまわりには何となく柔らかいスポットライトが当たっているような不思議な感じがします。この感覚はいつかの…… と思っていると一昨年のバリーハリスの公演に思い当たりました。

おおーっと一人感じ入りましたが、バリーハリスの音楽は観客が一人も存在しなくても成立するように思います。枯淡と言う言葉が似つかわしいように思います。

千作さんの芸のほうは、観客がいて初めて花が咲くように感じました。根っからのエンターテイナーであり、年老いてなお色気のある芸のように感じました。

バリーハリスの芸は彼の最終型を観たような思いがしましたが、千作さんの方はまだまだこれから変化していくのではないかなと思わせるものでした。

欲を言いますがこれからも千作さん千之丞さんが長生きをされて、茂山家のお二人の芸がどのような先に行き着くのかずっと観ていたいなと思います。



狂言の笑いと言うのはさわやかで後味がよく、とても良い年が迎えられそうないい一年のスタートになりました。

2007年01月18日 古典 狂言 トラックバック:0 コメント:0

スタンリー カウエルの会心作「musa」




"musa" Stanley Cowell (STRATA EAST)


一般的な認識としてジャズという音楽は演奏するのにとても習熟した、高度な技術が必要だと思われているようです。

けれども、周知のとおり演奏のテクニカルな面ではそれほどではなくても素晴しいジャズメンはたくさんいます。

技術云々と言う面ではそのアベレージはクラシックに携わる演奏家の方が高いのではないでしょうか。

そういったジャズ界においてもテクニシャンとして鳴らすピアニスト達がいます。古くはアート テイタム、そしてオスカー ピーターソン(復帰後はみるかげもありませんが)と言う二人は誰もが認める演奏技術の持ち主でしょう。

いわゆる馬鹿テクミュージシャン達の演奏と言うのもためにためするといった具合になると、まるで大道芸のみせもののようになってしまい、少々鼻白むものがあります。

演奏技術と言うのは自己の音楽を表現するための方途であり、それに見合っただけの腕さえあればいいということだと思います。

まあ、演奏技術のいたらなさから独自の演奏スタイルを築く場合も少なからず有ります。その代表格はかの御大マイルズ デイビスその人でありましょう。

一番望ましいのは高度な演奏技術をもちながら、必要な部分では遺憾なくそのテクニックを駆使しかつ音楽性の高さをもあわせ持つことであるのだと思います。

これは言うは易しですが、なかなかそのようなミュージシャンと言うのはいません。


ジャズピアニストの中でその素晴しいバランスを持ちえた人として真っ先に思い浮かぶのがフィニアス ニューボーン ジュニアです。

さてその次はと言うと私としてはスタンリー カウエルを挙げることに何のためらいもありません。

そのスタンリー カウエルの諸作の中でひときわ輝きを放つのが冒頭に紹介したムサです。

彼のアルバムに共通することですが、演奏に大きな感情の流れと共にしっかりとした知性を感じることが出来ます。

それは、急速調の曲においてもめんめんとしたバラードでも変わらずに基調としてあり続けます。

もっとつっこんで言うと彼の演奏からは壮大なストーリーテリングが感じられると思うのです。

ひょっとして、彼に近しい人たちならば彼の奏でるピアノからちゃんとした言葉が聞き取れるのではないかな
         といった馬鹿な妄想もしてしまいます。


このムサはソロピアノのアルバムで、あちこちのアルバム紹介ではアンビエント ミュージックのような扱いを受けているのを知りました。確かにそういう聴き方もあるのでしょうね。

また、アルバムがストラタイーストから出版されしかもカウエルがその経営に携わっていたせいでしょうが、戦闘的なブラック スピリチュアルとしての紹介も目にしました。

確かにこのアルバムには"Ancestral streams"と言う副題が付いています。先祖より受け継ぐ物といったほどの意味だと思います。

しかしながらこのアルバムからはアフリカの香りはすれども、もっと強く聴こえるのは、都会の中に生活する者としてのカウエルの人生であると私には感じられます。

音楽の聴き方はまさに人それぞれではありますが。


昨日、今日、明日と続く生活の中のふとした一日。

スタンリー カウエルの物語を聴きたくなったときにそっと取り出し、じっと一人でムサに耳を傾けます。

このアルバムがカウエルの亡き父親に捧げられていることなんか、わたしには知ったこっちゃありません。

これは私への物語だと信じて。



この記事へ記載のアルバム

  「ムサ」 スタンリー カウエル


2007年01月11日 レコード トラックバック:1 コメント:4

ジャケットのお話




piouhgdさんのブログでハンク モブリーの「ソウル ステーション」の記事がありました。このアルバムはジャケット違いがあるということをさかしらにもコメントしました。
そこまではよかったのですがコメントに画像を掲載する方法がわからなくてもたもたしている間に、しっかりもののpiouhgdさんが魔法のようにジャケットを見つけておられました。

これこそほんとに蛇足になってしまったのですが、まあ写真も用意したことなので掲載してみました。

リバー サイドやプレスティッジなんかは結構ジャケット違いというのは有りますが、ブルーノートのジャケ違いというのは結構珍しいと思います。

もとのジャケットが素晴しいので別にジャケットを変える必然性も無かったでしょうが、タイトルに引っ掛けたこのジャケットも私はわりに気に入っています。

と思っているとfalsoさんのブログでもなんだかジャケットで盛り上がっているので勝手に便乗です。

P1080014.jpg


ということで、falsoさんタンジェリンドリームのイグジットですが確かに女の子が写っているようです。

これまたついでですが、

P1080004.jpg


falsoさんのロ○コン趣味を満足させることは出来るかわかりませんが、手持ちのジャケットの中からそれらしい物を掲載してみました。アフロアメリカンのジャズが専門なのであまり女の子の写ったジャケットと言うのは見つかりませんでした。

おっさんが一緒に写っているのならジャック ウィルソンの「ソング フォー マイ ドウター」なんかがあるんですけど。

falsoさんは、お好きなジャケットにピチピチしたキャンディ ダルファーをあげておられましたが、私はもうちょっと成熟した大人が好みということで

P1080001.jpg


こんなもんでいかがでしょう。

中身の無い記事でおそまつ。




この記事への掲載アルバム

「ソウル・ステーション」 ハンク モブレー
「ユア・ナンバー・プリーズ」 ジュリー ロンドン

2007年01月08日 ジャズではない話 トラックバック:0 コメント:6

ジャズから逃げられない運命か




ジャズとは言わないでおこうと思ったのですが


今年のお正月もまた京都で過ごしました。
ここ3年ほどは決まって京都で正月の2日を過ごしています。

お正月の京都なんか宿がとれないのではないかと思われるかもしれませんが、ビジネスホテルなんかはかえってとりやすかったりします。 
そのせいもあって何となく京都で正月を過ごすようになっています。

さすがにくさっても京都でして、古都で迎える正月というのは独特の凛とした味わいがあります。

と言ってもいつものように秘書のリムスキーと二人連れですと神社仏閣のたぐいへはほとんど寄り付きません、
今回も申し訳程度に下賀茂神社へ初詣を済ました後は、そそくさと精進落としへと向かいました。

京都というところは昼酒をたしなもうと思うとなかなかいいお店がありません。
私やリムスキーのようなダメ人間達には非常に厳しい土地柄なのでございます。

いつもならば、「たつみ」と言う京都の中ではオアシスのような素敵な居酒屋さんがあるのですが、今日は正月とておやすみなのは先刻承知。

ならばとかねてより知ったる京極の「スタンド」へと足を運びました。
上記の写真をご覧下さい。
大入りの額さながらにまだまだ十分外は明るい時間というのに、我々同様のダメ人間達でごった返しております。

スタンドという名前からしてもとはカフェかホールででもあったのでしょうが、見事に時代がかった映画のセットのような風格あるたたずまいであります。

その昔京都で学生であったころの私は、スタンドというお店は知ってはいたものの扉のガラス越しに伺えるチロルハットのご老人達に恐れをなし、ついぞ店で酒を傾けることはありませんでした。

以来年月を重ね、紅顔の美青年は厚顔の中年へと変貌を遂げスタンドで何の違和感も無く杯を口へと運んでいるのでした。


さて、一旦宿へとチェックインを済ませた後に再び街へと繰り出したのが




この様なお店でありました。
いつもならば、まあこの様な若い人の集うようなお店に入ることは無いのですが、お正月のこととてすこしはリムスキーの趣味にも合わせての選択であります。

可動式の御簾で、隣のお客とは仕切られているにもかかわらず、下の客席からは一段高いところにしつらえてある座敷席。否応無く下からの視線を気にしなくてはなるまいと思うのですが、なんともけったいなつくりだと思うんですが。
 
さて、ここのお店のBGMとしてかかっていたのがエラ フィッツジェラルドでありました。

それとわかった瞬間リムスキーの顔が困ったような表情を浮かべました。

というのも私は基本的にジャズのBGMが流れる飲食店には足を踏み入れないことにしているからです。

どうもジャズが流れていると、そっちの方に気がいってしまって合い方の話が上の空になってしまうのです。
そのうえ酒の味も食事の味もわからなくなってしまいます。

BGMらしい曲の選択ならばそれほどでもないのですが、マイルズやらコルトレーンやらリー モーガンやら決して聞き流すにはたやすくない物がかかることが多いのです。
これは多分有線の選曲に問題があるのでしょうが、それでよしとしているお店の見識も疑ってしまいます。

最近は焼き鳥屋に入ろうが焼肉屋に入ろうがジャズが流れていることが多く、私のような人間はとても困ってしまいます。

ジャズさえ流れていれば、何となくおしゃれだと言うことなんでしょうがね。
ジャズ屋さんはお客さんで鈴なりなんて事にはならないのもこれまた不思議なことです。
ジャズも単なるアクセサリーに過ぎないのでしょうね。

ということで、ジャズが流れているお店は即座に席を立つことを旨としているのですが今日は正月。
ぐっとこらえて、エラの次にシナトラが流れて、その次にカーメンがかかると言うなんとも情けない選曲もがまんがまん。
 
次に入ったお店が先斗町の個室系の居酒屋さんでしたが、これまたBGMがジャズ。
こんどはまあなんとハードバップのオンパレード。懐メロ大好きな団塊爺さんなら大喜びでしょうが……
ここはさっきとは違うチャンネルの有線だったのでしょう。

さて、最後はもう開き直りましたです。同じく先斗町に店を構える、バーへと行きました。
ここはもう当然のごとくジャズが流れていました。バーと名のつくお店はもう99パーセントジャズが流れているのではないかしら。

おまけにここで働いているお店の方は京都のジャズハウスで勤めていたとの落ちまで付いていました。

やっぱり今年もジャズの呪縛からはのがれらることが出来ない一年となりそうです。



2007年01月05日 ジャズではない話 トラックバック:0 コメント:6

たつみ(BlogPet)

きょうsilverは変貌された。
また先斗でsonnyが食事する?

ジャズとは違うチャンネルの有線だったのですが


今年のお正月もまた京都で過ごしました。


京都というところは昼酒を傾けることは無いのです。


どうもジャズが流れていれば、「たつみ」と言うなんとも情けない選曲もがまんがまん。

 
さて、ここのお店で酒をたしなもうと思うのですが今日は正月とておやすみなのではないかしら。


おまけにここで働いているにも合わせての選択ならば、何となくおしゃれだと言う京都の中ではオアシスのようなダメ人間達にはたやすくない物がかかると言うなんとも情けない選曲もがまんがまん。

 
次に入ったお店に入ることはありませんが、今日は正月。

ぐっとこらえて、古都で迎える正月というのは先刻承知。


ならばとかねてより知ったる京極の「スタンド」へとチェックインを済ませた後に再び街へと繰り出したのでしょうがジャズ。

こんどはまあなんとハードバップのオンパレード。
懐メロ大好きな団塊爺さんなら大喜びでしょう。


さて、最後はもう99パーセントジャズが流れていたとの落ちまで付いていましたです。

ジャズ屋さんはお客さんで鈴なりなんて事にはならないのです。




*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「silver」が書きました。

2007年01月04日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

ジャズ JAZZ ジャズ JAZZ 言わないでいこうかと思います




ジャズ JAZZ 言ってばかりおりましたが

新年明けましておめでとうございます

 
旧年中はネット上で親愛なるご厚誼をいただき
誠にありがとうございました。


ぜんぜん更新せず
へんこなブログに
しんしにおつきあいいただき
本当に嬉しい限りです。

何よりみえや教養でなく
音楽を心より楽しんでおられる方々と
知り合えてとてもよろこんでいます。


あいかわりませず本年もよろしくお願いいたします。

 

2007年01月01日 未分類 トラックバック:0 コメント:8