夏も終わりですが化けるお話を

Revelation

"Revelation" (Atlantic)
      Cyrus Chestnut
              レヴェレイション
                  サイラスチェスナット


大相撲の今場所も昨日で終了し豪栄道の活躍など新しい力の台頭もありましたが、終わってみれば白鵬の優勝という順当な結果になりました。

「化ける」という言葉がありますがご存知のとおり、ある力士が先場所とは一皮もふた皮もむけてその才能を開花させるような場合に使われます。

化けるとは良く言ったものでまるで別人のように相撲ぶりがガラッと変化します。相撲をずっと見ていて、ある力士がさなぎから蝶に変わるように力をつけるさまに立ち合うのは非常に楽しい物です。


ジャズをずっと聴いているとあるミュージシャンが化ける瞬間に立ち会うことが有ります。これはジャズの新譜を聴き続けている者にしか味わえない至福の瞬間だと思います。


サイラス チェストナット、デビューの頃からピアノを鳴らす力やテクニックには非凡な力を発揮していました。

フルにピアノが鳴りわたり急速調の曲でも少しも乱れることなくフレーズを綴っていくさまは、胸がすく思いがしました。

明解で誰にも親しみやすい彼のピアノを日本のレコード会社がその作品をプロデュースしていたのはなかなかの慧眼であったと感じます。


ですがそんなサイラスにも一流のミュージシャンと呼ぶには、いまひとつ欠ける物があるように思っていました。

一流のミュージシャンのみが持ち得るサムシン エルス。

サイラスのピアノについて誉めるのは決してやぶさかではないが、愛聴盤にするにはものたりない。


そのサイラスがアメリカ大手のレコード会社のアトランティックに移籍し吹き込んだのが冒頭に紹介の「レヴェレイション」でした。

この新譜を手にしたときにその内容に手堅いピアノトリオを予想していましたが、それ以上の期待はさほど持っていませんでした。

CDプレーヤーの再生ボタンを押したとたんにそんな私の予想は大きく裏切られました。その演奏にはそれまでにはみられなかった凛とした空気が横溢していました。

  むっサイラスが化けた

このアルバムではサイラスに欠けていたサムシン エルスを、彼がついに手にしたことを感じました。

アルバムタイトルが"Revelation"となっているのもなにやら意味ありげです。

サイラスがジャズの表現者として確たる何物かをつかんだのは間違いが無いようでした。



ところが、このサイラス チェスナット。
この後にリリースされるアルバムからはまたもやかつての凡庸なる上手いピアニストへと戻ってしまいました。

"Revelation"、この一枚のアルバムにのみジャズの神様が降り立っていたのかもしれません。


もう一度、このときのような演奏をサイラスが繰り広げる日が来はしないかと少なからず期待しています。

いったいこのアルバムを吹き込んだ時にサイラスに何が起こっていたのか。


サイラスのことを思うたびに、瞬く間に大関にまで上り詰めた若き日の雅山を重ね合わせる私です。



この記事で紹介したアルバムです。
レヴェレイション





2007年09月26日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:3

ネット上でアルバムを購入される方はご注意




ネット上でのフィッシング詐欺と言う物をご存知だと思います。

先日上記のようなメールが私のところへと送られてきました。クリックしていただくと大きくなります。最初の物は先々週に送られてきたのですが掲載のメールは同じ物が月曜日に送られてきた物です。

海外でのネットショッピングには欠かせない決済方法のPayPal(ペイパル)からのものでした。

私のつたない英語力で読み解きますと
 あなたのアカウントに関して不正だと思われるクレジットカード使用の報告を受けたので、
 あなたのアカウントアクセスを制限しました。
 ついてはすぐに以下のアドレスより必要な情報を入力して制限を解除してください
 ご不便をかけてごめんね。

といった内容であるようです。


ペイパルが使用できなくなるとネット上で海外から商品を購入する事が出来なくなります。
あわてて指定したアドレスにアクセスしたいところですが……

ちょっと待てよ
 
このメールにはあて先に私のメールアドレスがありません。
本文中にも私の名前の記述がありません。

これはちょっとおかしいです。

いつもならばペイパルからのメールには私の名前が記載されているはずです。

これは確かめてみないといけないなということでペイパル宛にこのメールが、本当にペイパルからの物かどうか転送して確認してもらうことにしました。


一日ほどしてペイパルから、このメールは当方からのものではないので記載されたアドレスにいかなる情報も入力しないようにと返事がありました。

やっぱりそうか

どうやらフィッシング詐欺にあうところでした。


海外からのメールだと語学力が無いせいでみょうにテンパッテしまって、あわてて行動をしそうになります。
ちゃんと英語は勉強しておくべきだったと後悔しましたが、遅すぎますなぁ(笑)。



さてこんなことがあって、しばらくするとこんなメールが

fishing2.jpg


こんどはアマゾンですか。
ちなみにアマゾンにも確認のメールをしましたが、まだ返事が来ません。アマゾンはいつもながら対応が緩慢ですなぁ。


皆様もどうぞお気をつけ下さいませ。




  



2007年09月19日 お知らせ トラックバック:0 コメント:4

ミュージシャンは購入する(BlogPet)

きのう、ミュージシャンは購入する?

*このエントリは、ブログペットの「silver」が書きました。

2007年09月18日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

肩身が狭い悪癖ですが……

パイプ


私の住んでいる大阪市でも御堂筋周辺地域に限ってですが路上喫煙が禁止されています。なんとも中途半端やなぁと思うのですが、まずは禁煙の啓蒙からということなのでしょうか。

タバコの害については疑うべくもないのですから、国が販売に関与している時点でいまさら禁煙の啓蒙と言うのもけったいな話ですが。

10月からは僅か1000円ですが違反者には罰金が科料されるそうです。

それほど遠くない時期に公共施設や不特定多数の人々が集まる場所は、ニューヨークのように全面禁煙になるのでしょう。


かほどにドンドンと肩身の狭くなる喫煙と言う行為ですが、私も以前は紙巻タバコの喫煙者でした。あるちょっとしたことがきっかけで8年ほど前に紙巻タバコはやめてしまいました。

ですが、もう一つの喫煙であるパイプに関しては今も続けています。結構若い時分からパイプをくわえていますので、吸い始めてかれこれ四半世紀ほどにもなると思います。

紙巻タバコと言うのは数分のちょっとした時間に吸えますが、パイプタバコはそうはいきません。

人やパイプの大きさタバコの葉の種類などにもよりますが、一旦火皿に火をつけるとだいたい40分位は喫煙を続けることになります。

いきおいパイプを吸うということは40分ほどの時間をわざわざ作って喫煙することになります。喫茶とか飲酒、音楽を聴きながらということも可能ですが、私は基本的にただただパイプをふかす行為を楽しみます。

パイプをくわえている間に煩悩に取り付かれている凡人の悲しさで、色々なことが頭をよぎったり愚にもつかない思索にふけったりします。

パイプそのものの味わいと言う物ももちろん大切なんですが、どちらかと言うとこのぼんやりとした無駄な時間が欲しくてパイプを続けているように思います。


紙巻タバコと言うのは火をつければ誰でも簡単に喫煙することが出来ます。しかし、パイプはそうはいきません。要領のいい人でもある程度スムースにパイプを吸えるようになるのは数ヶ月かかるんじゃないでしょうか。

パイプに火をつけてもなれないうちはすぐに消えてしまいます。すぐに消えてしまうもんだからいきおい強く吸いつけることになります。そうするとタバコの味はとてもきつくなり、自分の舌や口の中を焼いてただれさすことになります。

また、新品のパイプと言うのはちゃんとタバコの味を楽しめるようになるのに、ブレイクインと言う馴らしの作業が必要になります。ある程度のパイプスモーカーであっても新しいパイプの馴らし作業に失敗することもあります。いわんや初心者をやということで、パイプを一人前に吸えるようになるのは並大抵のことではありません。

多分パイプを吸おうとした人のうちの数パーセント以下の人しか吸えるようにならないのではないかと思います。


ちょっとハードルの高いパイプ喫煙ですが、一旦吸えるようになればその楽しみは紙巻タバコの比ではありません。

パイプの葉の種類と言えば、甘い香りのものや非常に辛口な物。デザートのような物から朝食、メインディッシュ、寝る前の一服に適した物など様々です。そのうえに自分自身で複数のタバコの葉をブレンドしたり、ウィスキーやブランデーなどで自在に香りをつけることも可能です。

ひとつのタバコの葉でもパイプへの詰め方や吸い方で、味わいのかるさきつさも加減できます。

またタバコを吸うための道具のパイプ自体にも様々な形のものがあり、作家の手になる逸品も存在します。また喫煙に必要なタンパーや灰皿レストなどなど魅力的な小道具もたくさんあります。

まさに趣味としても一級品であるのがパイプであります。


やっかいな入門の煩雑な手続きを諦めずにこなし、パイプの手入れも怠らずに、たった一人で過ごす時間を愛するはたからみれば偏屈なやつ。


パイプを吸う人間というのはあまり人付き合いが上手であるとは思えないですなぁ。

でも何となくパイプを手放す日は来ないような気がしますなぁ。



秋の日にぼんやりとパイプを手にしてすごす時間は至福のひと時です。



2007年09月12日 ジャズではない話 トラックバック:0 コメント:0

いるか作用したかも(BlogPet)

きのう、いるか作用したかもー。
でも、sonnyのコルトレーンみたいな評ー!

*このエントリは、ブログペットの「silver」が書きました。

2007年09月10日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

彦八まつりで三代目春團冶に




大阪では上方落語協会の主催でこの時期に彦八まつりという落語家によるお客さんへの感謝祭が行われます。日ごろ舞台やテレビで目にする落語家さんやめったにお目にかかれない(?)落語家さんたちが、文化祭のように屋台を出しています。

開催される場所は落語に縁のある生國魂(イクタマ)神社で開催されます。先日の日曜日に出かけてきました。

この彦八まつり、どうしたわけか私は行くたびに散々な目にあいます。一昨年は境内に川が出来るくらいの突然の大豪雨にあい、パンツまでびしょぬれになってしまいました。

去年はものすごい人出と猛暑のせいでめまいがしました。


今年は行こうかどうしようか迷ったのですが、人出の少ないであろう早い時間に行くことにしました。かなり早いつもりだったのですが境内はもうかなりの人出が有りました。

落語家さんのやっている屋台でホルモン焼やらたこ焼きなぞを買い縁台の上で相方のリムスキーと一杯やることにしました。

隣に座った気のよさそうなおじさんと話をしていると、リムスキーが「あっ、三代目がいてはる」と言いました。なんと縁台のすぐそばの屋台の奥に春團冶師匠がご機嫌さんで座っておられました。


ご存知の方もいらっしゃるでしょうが春團冶は私の高校生以来のアイドルでして、上方落語の神様のような存在です。ジャズのライブには足を運ばないのに春團冶の落語会には年に数度はかよいます。

その神様たる春團冶が私の目の前数メートルのところでお酒を飲みながら、傍らの方と談笑されています。

こちとらもお酒が入っていい気分だったのですが、三代目がすぐそばにいると知るとなんだか緊張してしまいます。
 「何であんたが緊張せなアかんねんな」
そんな私を見てリムスキーが笑います。


以前から三代目が通っておられるバーへと色々な方からお誘いを受けるのですが、もし三代目がいらっしったらと思うとおちおち酒なぞ飲んでいられないからと御遠慮ねがってました。

ですが、こんな具合にこんなところで、こうなるとは。


「わたし、ちょっ行ってくるわ」
といってすたすたと春團冶師匠のところへリムスキーが歩いていきました。

おいおいと思いながら、リムスキーの後姿を追いかけると春團冶師匠にサインをお願いし、あろうことか三代目とツーショットの写真まで撮っています。

なんとも大胆な。


帰ってきて、
「お連れの人に写真撮って貰うときに『べっぴんさんばっかり写して僕を切らんといてや』て言わはった。」
と彼女は上機嫌でした。

こわいやっちゃなぁ~



落語の会へ行くと若い方はすくなくて、年配の方が多いのが普通です。今日はやけに若い人が多いなぁと思うと鶴瓶が出演していたりします。

にもかかわらず彦八まつりにはお若い方がたくさんおられて結構なことだと感じます。

大阪でお笑いと言うとたいていの場合漫才を指すようです。若い人の中には、落語と言う芸能の形態すら理解していない方も多いようです。

現今主流である漫才は演者が演じるというよりは、キャラクターを活かした素のままの芸がもてはやされているようです。


落語と言うのは複数の人物を一人の演者が手ぬぐいと扇子だけを小道具にして演じ分けます。もちろんお座布団の上に座ったままです。

観客の側は少なからず演者の姿から様々な落語上の登場人物を読み取らねばなりません。落語を楽しむのには演じられている落語の中に感情移入する必要性が出てきます。

その上落語と言うのはお芝居のような筋書きがありますので、漫才のようにその場その場のギャグを積み重ねるような笑いばかりでは有りません。

また、古典落語であれば今の世の中の様子とはかなり異なった時代が背景になります。
長屋、へっつい、大家さん、店子、いかけや、おしょうさん、船頭さん、番頭さん、でっちどん……

と言うような具合に、落語を楽しむのも今の若い方にはちょっとした慣れが必要になるのでしょう。


受身で楽しめるお笑いばかりでなく積極的に聞き入る必要のある笑いが若い方にも受け入れられるようになることを願っています。

なんだかどっかの音楽とも似たような話ですね。



三代目に戴いたサインですが、店のトイレの以前から貼ってある三代目の系図の上に貼りました。トイレに神様のサインはどうかともおもったのですが、トイレにはトイレの神様もいらっしゃると言うことで納得しました。

お店においでになったときにはちょっと気にしてやってください。

「マスター、これ春團冶のサインやろ」
といってっくれれば、その日はちょっと嬉しい気分になると思います。



2007年09月06日 ジャズではない話 トラックバック:0 コメント:2