燗酒

日本酒について前回の記事を書いたせいで何となくもう少し日本酒の周辺のことについて書きたくなりました。
日本酒を飲む場合にあなたはどんな具合にお飲みでしょうか。冷やして良し、常温で良し、燗をしてなお良し。日本酒はさまざまな飲み方があり、それぞれに日本酒の良さが味わえます。
暑い夏の日にはひんやりと冷えた生酒などがとてもおいしく思えます。
気の置けない男同士の友達で飲むときには一升瓶を真ん中にデンと据えて、ひや酒をぐいぐいやりながら馬鹿話に興じるのもなんとも楽しい物です。
寒ーい日にはあったかーい湯豆腐をつつきながら連れ合いとさしむかえで燗酒というのが気分ですなぁ。
私はと言えばどうにも面倒でひやのまま飲むこともありますが、たいていは自分で燗をつけて飲むのを好んでいます。外でも燗酒を頼む比率は高いと思います。
現在の日本酒は大吟醸に代表されるようなとってもいいよそ行きのお酒と、2リットル千数百円で買えるパック酒が主流のような気がします。
何となく普通に買える一升2000円ほどのお酒が一番冷遇されているんじゃないかななんて思えます。
外へ出て飲食店で日本酒を飲もうとすると燗酒として一種類のお酒が用意されていて、そのほかは地酒としていい値段のお酒が冷酒で供されていることが多いようです。
わたしは結構なのんべえですので一合500円を越えるようなお酒では高くついて仕方がありません。となると他に選択の余地はなくてお店でおしきせの燗酒を頼むことになります。
で、過去に経験した回想を
「お酒をぬる燗でお願いします」と店員さんに頼みますと
「はい、熱燗ですね」と応答されます。
「いやいや熱燗じゃなくてぬる燗で」とさらに言うと
「すみません、ちょっとお待ちください」といって店員さんが奥にさがっていきます。
うーん、慣れない店員さんでぬる燗というのがわからなかったのか
なんて思っていると、メニューには確かにあつ燗と記されています。
しばらくして責任者らしき男の人がやってきましたのでさらに
「ぬる燗をお願いします」といいますと
「申し訳ありませんが燗は熱燗でしかおだしできません」なんて答えが返ってきます。
どうしてなのか訳を聞きますと酒燗器の温度が熱燗に設定されていて、それ以外の温度では出せないとのこと。
それならば一本は燗、もう一本はひやでくれればあとは自分で温度を調整して飲むと言うと、ひやでお出しすることも出来ないと言われます。
お酒は業務用の大容量の酒パックを酒燗器の上に据え付けているので燗でしか提供できないとの答え。
なんてこった、居酒屋でふつうの燗酒が飲めないのか
もうこれ以上聞いても無駄かなと思いながらも地酒ならぬる燗でできるかと聞くと
「地酒のようないいお酒は冷酒で飲むものですから燗は出来ません」
と自信たっぷりに言われてしまいました。
別に吟醸酒でもなく普通の地酒なんですが……
結局わたしは徳利の首をつかむと火傷をしそうなぐらいの熱燗を飲む羽目になるのでした。
さすがに何十年も居酒屋さんをやっておられるようなお店ではこのようなことはありません。
お酒の入ったちろりが温泉に浸かるようにたっぷりとしたお湯の中で燗をつけられ、お客さんの要望どおりの温度で供されます。
そういった年季の入ったお店でゆっくりとお酒をいただくことが大好きです。相方のリムスキーもそういったお店が好きなようです。
あてはというと、
おから、ぬた、関東煮、湯豆腐、たにし、お造りにおしたしなんて具合。
私は学生生活を終え社会人になったぐらいからそんな居酒屋さんで飲むことを楽しんでいます。
若い頃には随分と年配の人にかわいがられていろいろとご馳走になったりしたものでした。
さすがにこの年になりますとそんなにおごってもらうことは無くなりましたが(それでも皆無ではない)、そんな居酒屋でのんでいて周りを見渡すとまだまだ私が最年少であることが多いです。
この様子だとあと何年かするとこんな普通においしく日本酒を提供してくださる居酒屋さんはなくなってしまうような気がします。
ふつうにおいしい日本酒と肴がいただけるいいお店がこれからも永くあり続けて欲しい物です。
日本酒て言うのはお米で出来てるんじゃなかったっけ

日本酒がおいしい季節になりました。今年の調査で20代の人たちで日本酒を飲む人たちが三割を切っているという話を聞きました。確かに若い人たちの日本酒離れと言うのはかなり進んでいるようです。
これは何も日本に限ったことではなくイギリスではスコッチ離れが進み、フランスではワイン離れが進んでいるとも聞きます。先進諸国(この言い方もなんだかですなぁ)アルコール飲料の消費自体がタバコに次いで減ってきているということもあるのでしょう。
ですが日本での日本酒離れと言うのはそれらとは少し度合いが違うような気がします。
日本酒の匂いがいや
日本酒を飲むと次の日がしんどい
べたつく感じがいや
うーん、日本酒ってなんだか嫌われちゃいましたね。
だいたいアルコールであればなんであれ飲む私ですが(販売もしていますが)日本酒が人気薄だと言うのはちょっと寂しい感じがします。
純米酒
本醸造
普通酒
吟醸酒
大吟醸酒
山廃
ひやおろし
あらばしり
生貯
生酒
等々
日本酒の種類と言うのも一般の方にはちょっとわけがわかりにくいんじゃないでしょうか。
まずもって変なのが純米酒。
あれれ、日本酒ってお米から出来ているんじゃないんですか
そう思われるのもごもっともな話です。
純米酒と言うのはその名のとおりお米だけを(米麹も使いますが)原料として造られたお酒のことを指します。
ある大手の2003年の資料では日本酒全体の出荷量のうち純米酒の出荷量はたったの6パーセント。つまり日本酒の大部分は純米酒ではないと言うこと。お米以外のものを使って造られている日本酒がほとんどだと言うことです。
さて、それならばお米以外の日本酒の原料は何だというと、原酒(純米酒)に飲料用のアルコールとお水を加えて薄めて作っています。それだけでは味わいが乏しいので糖類や香料を加えて味をととのえて作られるものが普通酒です。
原酒を3倍まで薄めて作ることが普通酒では認められています。カラクリを知ってしまえばなんとも日本酒の現状はお寒いことです。こんなお酒ばかりを呑んでいれば日本酒の評判は悪くなるのが当たり前です。
どうしてこんな状況に日本酒がおちいってしまったかと言うと、そこには戦中戦後の食糧難という問題があったためです。喰うに困ると言う状況で主食となるお米をお酒の原料とするのはかなり難しいことです。
とはいえ娯楽に乏しい時局にお酒の供給をストップするわけにもいかず、緊急避難的な処置で、このような三増酒と呼ばれる日本酒を造ることが許可されるようになったわけです。
戦後日本は急速に経済状況を発展させお米に困ることは無くなったのですが、いまだにこの日本酒に対する製造方法が改められていないのです。
純葡萄酒なんてありゃあしません。ワインと言えば全部ぶどうから出来ているのは当たり前。
純米酒と名乗らなければいけないぐらい日本酒の現況はおかしいわけです。
日本酒に関してはまだまだ日本は戦後真っ只中と言うこと。
どこの国でも飲酒というのは大きな文化であるはず。ここをキッチリと正常化せずに何の日本の文化を語れましょうか。
長く続いた残暑もやっとこさ終わり気が付けばそこに冬が来ている感じです。
秋刀魚も最盛期を迎え遅かった鰹も戻ってきて、秋サバは肥え牡蠣もおいしくなり、お酒はひと夏を越しおいしいひやおろしとなりました。
この時期に日本酒を飲まずしていったい何の日本の酒飲みでありましょうや。
なんていうわけで今夜もドロ酔いの言い訳を。
一服(BlogPet)
ボビー ハッチャーソンに新名盤誕生

"For sentimental reasons" (Kind of blue)
Bobby Hutcherson
「フォー センチメンタル リーズンズ」
ボビー ハッチャーソン
ボビー ハッチャーソンの名盤と言うと「処女航海」で人気のハプニングス
ハッチャーソンはミルトジャクソンを聴いて、バイヴラフォンを始めたそうです。確かにミルト譲りのフレージングも散見されますが、彼にはもっと都会的でシャープさを感じさせるところが特徴だと思います。
ブルーノートの作品でのいわゆる新主流派の演奏には彼の個性がピッタリとあてはまったのだと感じます。
そんな具合にハッチャーソンの演奏にはかなりのクールさを感じることが多いです。このことは前作の"Skyline"にいたるまでも彼の大きな個性であり続けています。
冒頭に紹介のこのアルバム"For sentimental reasons"は今までの彼の演奏ではそれほど前面には出ていなかった暖かい部分が押し出された作品になっています。
全編バラードと呼べるハートウォーミングな演奏が繰り広げられています。
コルトレーンの「バラッズ」が気に入っておられる方ならば間違いなく好きになってもらえる作品だとおもいます。
コルトレーンの「バラッズ」にはまだまだ若いコルトレーンの青臭い感じの残る演奏だと感じます。また、その若さゆえの演奏がちょっとしたアクセントにもなり聴き飽きさせないアルバムにもなっているのだともいえます。
(この「バラッズ」は通常バラードまたはバラーズと呼ばれているようです。バラード"ballade"は元来はフランス語でバラッドとは異なる意味を持つようです。ですが、日本ではバラッドとバラードは良く混同され同じ意味あいで使用されています。かと思うとアメリカでも混同されているみたいです。でもコルトレーンのアルバムタイトルは英語表記で"Ballads"「バラッズ」です。どうでもいいお話ですがいつも気になっているもので)
同じバラードといってもこのハッチャーソンの演奏は見事に成熟し枯淡の域も感じさせる大人のアルバムに仕上がっています。切なさやロマンティックな部分を感じさせつつ、過剰な思い込みを排した客観的な恬淡とした描写が素晴しいです。
ハッチャーソンも今年で66歳になったようですが、白髪になったダンディなジャケットも演奏を感じさせるようでむべなるかなといった感があります。
望み得ないことですがこんな年のとり方が出来ればいいなぁなんてね。
サイドメンに関しても少し。
いよいよその演奏にも自信と貫禄が出てきたなぁと思うリニー ロスネスのピアノがハッチャーソンの演奏にしっとりと寄り添っています。これならばリニー ロスネスの歌伴も聴いてみたいなぁと思わせてくれます。
そういえば彼女はビル チャーラップと結婚されたようで私生活も充実しているのでしょう。でも確かロスネスはドラマーと結婚していたはずですが、そっちはいつご破算になっていたのでしょうか。まぁ、余計なお世話ですな。
以前にもその微にいり細にいる演奏振りのアル フォスターを賞賛しましたが、このアルバムでもそのデリケートにサポートするドラミングは健在です。よくぞバラード撰のこのアルバムに参加してくれましたと感謝したい気持ちです。
このアルバムを購入してからもう何度と無くアルバムを聴いています。本当に飽きずに最初から最後まであっという間に聞き終えてしまいます。ふだんCDを最初から最後まで聞くことはまずありませんので、集中力の続かない私には珍しいことです。
個人的にはコルトレーンの「バラッズ」よりもこのアルバムを聞く回数の方が多くなるように思います。
ボビー ハッチャーソンの名盤という枠を超え、ジャズの中での名盤として推薦いたします。
この記事でご紹介したアルバムです。
For Sentimental Reasons
