Joel Dorn ジョエル ドーンのこと

The Return of the 5000 Lb. Man

Joel Dorn ジョエル ドーンが去年の末になくなられました。

年末にはオスカー ピーターソンフランク モーガンといったジャズミュージシャンが相次いで鬼籍に入りました。

私のブログにも追悼記事を書こうかと思ったのですが、なんだか訃報の記事ばかり続くのもなぁと思い他の方にお任せすることにしました。

そんななかジャズ関係のブログやホームページではほとんど時を同じくしたジョエル ドーンの訃報を伝える物が少ないように思いました。そこでちょっとだけ彼のことをしのびたいと思います。

一般的にジョエル ドーンのことが語られるのはロバータ フラックをプロデュースしたことだと思います。なんと言ってもこれからも間違いなく語り継がれる"Killing Me Softly," のダイナマイトヒットをかっ飛ばしたその人なのですから。

これからも知れるようにジョエル ドーンはジャズのみのプロデューサーとして活躍したのではなく、ソウルやブラックミュージックのプロデューサーとして腕を奮いました。


そもそもジョエルが音楽業界に関わりを持つのはフィラデルフィアのfmラジオのDJとしてでした。そのうちに音楽雑誌へ寄稿をしたりレコードのライナーノートを書くようになりました。ブルー ノートやアーゴといった有名レーベルにもライナーを残しています。

そんな様子がアトランティックのネスヒ アーティガンにも伝わり、アトランティックレコードに入社します。ネスヒの眼は正に慧眼であったようで、ジョエルはまたたく力を発揮し広報やスカウトやプロデュースにと八面六臂の活躍をします。

その後はアトランティックで重役取締役の地位にまで登りつめていたようです。

アトランティックでの最大の業績は先に述べたとおりロバータ フラックのプロデュースでしょうが、ジャズでのプロデュースとして良く知られるのはローランド カークのものに対してだと思います。

その他にもヒューバート ローズやレス マッキャン、フレディ ハバードなど数多くのプロデュースを行っています。

近年にジミー スコットが注目された際にかつて彼をプロデュースしたことも少し話題になっていました。


アトランティックレコードを離れた後に主に再発作品を販売するレーベルの32JAZZそしてLabel M,Hyenaを立ち上げます。そこからはかつて自分が手がけたミュージシャンのローランド カークやレス マッキャンなどの作品が発売されています。

長らく廃盤になっていて再発を待ち望んでいた作品が彼の手で発売され、快哉を叫んだ人も少なくなかったのではないでしょうか。

メルマガではお伝えしたのですが個人的に思い入れのあるMUSEの諸作品はジョエルによって権利を買い取られています。いくらかのミューズのアルバムは32JAZZによって再発されました。

彼の死によって手に入りにくくなっているミューズのアルバムが、もっと入手困難になってしまうのではないかと少しばかり心配しています。


ブラックミュージックについての活躍が知られるジョエル ドーンとのイメージが強いのですが、実はキース ジャレットやモーズ アリソンといった白人のプロデュースも行っていることも付け加えておきたいと思います。

アルフレッド ライオンのように有名な人は別としてプロデューサーという人はジャズにおいてあまり人の口にのぼらないようですが、ジャズのアルバム制作にもポップス同様彼らが大きな働きをしていることは疑いの余地は無いと思います。

ちょっとだけジョエル ドーンについて書いてみました。


2008年01月21日 私のジャズ トラックバック:0 コメント:6

ギル コギンズの置き土産

Better Late Than Never

” Better Late Than Never" (Smalls)
            Gil Coggins
       「ベター レイト ザン ネヴァー」 
                 ギル コギンズ


ギル コギンズ名義のリーダー作を年末に見つけたときには「あれっ、まだ生きていたんだっけ」と少し驚きました。

最近も大物ジャズメンが相次いで鬼籍に入りましたが、それほど注目を集めていないミュージシャンについてはその生死が判別できなくなっています。私の年のせいもあるかもしれません。

ギル コギンズの名を聞いて即座にあのミュージシャンかと思い当たる人は、かなりのジャズを聴いてきた人だと思います。数は少ないのですが、ジャッキー マクリーンやソニー ロリンズにジョン コルトレーンそしてマイルズ デイヴィスといった著名ミュージシャンとの録音を残しています。

もっとも一般的に知られるのはブルーノートの"Miles Davis, Vol. 2"であろうと思います。この一枚に名を残しているだけでも無名ミュージシャンとして看過するわけにはいかないでしょう。


ちょっと調べてみると生年は複数の説があるのですが、マイルズより二つ年上であるという記述を信用すると1924年生まれということになります。
残念なことにやっぱり2004年に交通事故により亡くなられていました。

50年代の録音を除けば知る限り1990年にInterplayより初リーダー作"Gil's Mood"を録音するまで、活動らしい活動を知ることが出来ません。アメリカ本国では演奏をおこなっていたのかもしれませんが、例に漏れずというべきか相当なヘヴィドリンカーということが録音の途絶えている理由のようでも有ります。


"A Long Drink of the Blues"というマクリーンのアルバムがあるのですが、表題曲でミュージシャン達がソロの順番を間違えてしまいやり直しをする場面がそのままアルバムに収録されていることが珍しい作品です。

その本来であれば没テイクになる曲でゴツゴツとした印象的なイントロのピアノを弾いていたのがコギンズとの初めての出会いでした。

朴訥なピアノのタッチがとても個性的でマル ウォルドロンやモンクを連想させました。


その次に彼のピアノに出会ったのは前出のマイルズのブルーノートのアルバムでした。ちょっと引っ掛かり気味なピアノがコギンズの手になるものでした。こんな所に彼がいたのかと思い聴いていましたが目を瞠ったのはバラードの"I Waited for You"でした。

バラードを演奏させれば並ぶ物のいないマイルズのラッパに負けず劣らず素晴しいピアノをコギンズが歌わせていて、この曲により彼の名前は私の記憶の中にしっかりと刻まれることになりました。

コギンズは自分自身の中にしっかりと曲を掴まえて自信に満ちた音を放っていました。


さて、冒頭に紹介したアルバムですが録音は2001年と2002年に行われたものでトリオによる演奏です。

ミドルテンポでの"I'm Old Fashioned"で演奏の幕が開くのですが、ギル自身のリズムが少しヨレ気味でなかなか難しい出来です。

次の曲がミンガスの"Smooch"でスローテンポで演奏されます。これがなんとも秀逸でコギンズ自身がこの曲を自家薬籠中のものにしていることがわかります。先の曲では気になっていたリズムのヨレが、彼自身の肉体の中にある心地よいビートであると聴き取れてまたとない魅力を感じます。

マイルズの作とされる(コルトレーン作との説も有力)"Vierd Blues"はコギンズの中で見事に換骨奪胎され、スローテンポで鈍く怪しい光を放ち、私の耳をがっちり捉えて放しません。


しっかりと彼自身の中で脈動する大きなうねり。彼のみが持ち得るスイングといってもよいでしょう。

どうやら、ギル コギンズの演奏での最大の特色はスローテンポにあるようです。


ここにいたって気が付いたのですが、彼はホレス パーランのようにどちらかの手が不自由ではないのかなと想像します。どなたかご存知ならご教示ください。

いかな理由かはわからなくともこの個性的なスイング感に私は大きな魅力を覚えます。


” Better Late Than Never"とは良く言ったもの。彼の晩年にこんなに素敵なアルバムが残されたことを素直に喜びたいと思います。


この記事で紹介した作品です。
Better Late Than Never


2008年01月10日 新譜紹介 トラックバック:0 コメント:2

売店とか鑑賞したの(BlogPet)

きのうsonnyの、自身へ会話したかった。
だけど、愛顧するはずだったみたい。
でも、リーダー作みたいな記憶するはずだったみたい。
それできのうsilverが、アルバムはお願いされたみたい…
それでsonnyで制作するはずだったの。
だけど、売店とか鑑賞したの?

*このエントリは、ブログペットの「silver」が書きました。

2008年01月09日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

新年に見果てぬ夢のジャズ喫茶

This One's for Blanton

新年明けましておめでとうございます

旧年中は当ブログおよびメルマガならびに実店舗をご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
本年もあいかわりませずお付き合いくださりますよう心よりお願い申し上げます。

誰もが同じことをおっしゃるのですが、歳をとるに従い一年の進むのがとても早く感じるようになりました。
大晦日も日々の一日も寸分変わらぬ24時間であるとは言え、元旦の日を迎えますとなにやら自分の来し方行く末などをぼんやりと考えずにはいられません。


サラリーマンを辞め自分で店を構えるようになってはや15年を継続中と相成りました。
本来はジャズ喫茶なるものを目指していましたが、早その望みはついえ洋酒喫茶のようなお店を生業と致しております。

これはこれで自分のお店を気に入って営業してしています。


ですが、私はiいまだ見果てぬジャズの店を夢みています。

一言で言いますと映画館のようなジャズ鑑賞店です。
ちょうど20人ぐらいでいっぱいになるような小型映画館といったしつらえです。

入り口で入場料を払っていただきスピーカー前の気に入った座席でジャズを鑑賞してもらいます。
館内では一日中新譜旧譜を交えて素晴しい音でジャズが鳴っています。

館内の一隅には小さなキオスクのような売店が有り、お望みならば定価ほどの値段で飲み物やスナックなどが購入できます。
飲食物の持ち込みも自由です。

ただし、読書やノートパソコンの持ち込みなどは不可。
もちろん、会話や喫煙も不可です。

営業時間内であれば何時間いても同一料金。
入場料は大人2000円
      学割1300円


こんなお店があったら私なら月に2回は通いたいもんですが……

まぁ、本当に夢のようなお話です。


だんだんと諦めることに慣れてしまい、夢を語ることなど無くなってきたので
お正月にちょっとばかり夢見てみました。


年をとってもほうけたことばかりいっておりますが
これからもよろしくお願いします。


今年こそはエリントンをちょっとづつかじりたいと思います。







2008年01月01日 私のジャズ トラックバック:0 コメント:8