大阪最後のジャズ喫茶「トップシンバル」の閉店



もう何軒ものジャズ喫茶の閉店を見送ってきましたが、天王寺の「トップシンバル」が閉店するのはとても淋しく骨身にこたえるものがあります。


二ヶ月ほど前のことでしたが「トップシンバルが閉店するようだよ」とお客さんから聞きました。
   
   とうとうこの日が来てしまったのか  
                         と感じました。


遠方よりこられたお客さんに「どこかにいいジャズ喫茶がありますか」と尋ねられても、これからはお教えするお店がなくなってしまいました。


人によってジャズ喫茶と言うものの定義は様々でしょうが私が思うよいジャズ喫茶と言うのは
   昼から営業している
   ソフトドリンクを提供している
   しっかりとした音量でジャズがかかっている
   新譜を購入している
   一般の家庭では望めないクオリティの音質を維持している(≠高級なオーディオがある)
   マスターがお店に出ておられる
   
そしてこれが一番肝心なことですがマスターがジャズを心から愛しておられること。


夜からはパブタイムの営業ではありましたが「トップシンバル」はどなたにも安心しておすすめできるお店でした。


たまたまですがマスターの植田さんは私の学んだS中学の先輩でもありました。
これまた不思議なことですがジャズ喫茶を経営したことのある人間が四人もいるという中学はS中学だけではないのかしらん。

このことは偉大なる関口 宏夫人を輩出したしたことと並んで母校が誇れることでないのかと個人的に思っています。そのうちの先輩の一人である「トップランク」のマスターが先日おいでになって、今から「トップシンバル」に行ってくると私に告げました。

そういわれても「トップシンバル」に行って植田さんに挨拶するふんぎりがつかずに私は自分の店に残りました。


閉店が決まったジャズ喫茶ににわかにお客さんが押し寄せ
   「どうして閉めるの」
   「残念なことやなぁ」
などとわかりきったことをマスターに話をしている状況を、私はとても堪えられそうではないのです。

     はい、私は根性なしでございます。



植田さん、長い間ありがとうございました。
これからは心置きなくご自分のお好きなジャズを楽しんでください。
ひと段落されたら、ゆっくりとジャズの話をしてみたいですね。
                                     



いつもいつも言っていることですが
 ジャズをお好きであるならジャズ喫茶ぐらいに素敵な場所はありません。
 どうぞ、お店があるうちに足をお運びください。
 まだなんとか通える距離にジャズ喫茶があるんじゃないでしょうか。



「ジャズを聴くにしても、酒を呑むにしても自前が一番かな」と力なく心でつぶやきパラゴンの前できびなごをかじる根性無しでございます。

                                              合掌

2008年08月30日 私のジャズ トラックバック:0 コメント:3

大阪最後のジャズ喫茶「トップシンバル」の閉店(BlogPet)

sonnyの「大阪最後のジャズ喫茶「トップシンバル」の閉店」のまねしてかいてみるね

もう何軒も、長い間ありがとうございます。
閉店をしています!!
人もの学んだS中学だけで母校が思うよいジャズを楽しんでないでしょうが決まったジャズの定義はありました!!
夜から聞きました音量であるならジャズのある)マスターの音質を輩出したしたことは心置きなくご自分の営業ではありません。

*このエントリは、ブログペットの「silver」が書きました。

2008年08月25日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

天満の名店正宗屋が



天満の居酒屋である正宗屋がなんと閉店したと来店したS君に聞かされ大いに驚いて落胆しています。

S君はホルモン屋を天満で商っているのですが、私の店に来る途中で正宗屋の前を通るとシャッターに閉店を告げる張り紙があったということでした。
つい二週間まえにリムスキーと一緒に昼酒をいただいたばかりだったのに……


居酒屋に足を運ぶことの無い方はご存知ないことでしょうが正宗屋という名のお店は大阪や神戸に数多くのお店があります。チェーン店というわけではなくそれぞれが独立した経営のお店です。

それぞれのお店が工夫を凝らしこれぞ居酒屋と言う風情を保っておられます。呑み助たちにとっては正宗屋という看板は居心地の良さを保証するブランドであると言っても過言ではありません。


数多くの正宗屋の中でも天満の正宗屋は私の中ではベスト3に入る名店であると常々思っていました。当然のことながら近在の飲兵衛たちでいつもにぎわっていて、満員のために入れないこともちょくちょくあるぐらいでした。

吟醸酒なんぞというものはありませんでしたが安い値段でお酒を提供してもらえて、燗の具合もぬる燗や上燗に熱燗自由自在にわがままを聞いていただけました。出し巻きもねぎ多目や関東煮の煮え具合など呑み助の面倒な注文も難なく受け入れてもらえました。

思い返せばこのお店がまだ梅田にあったころから数えると30年ものお付き合いでありました。


経営としては行き詰るどころかコンスタントに儲けが出ている優良店舗であったと思います。後継ぎもおられたようですし、どうして閉店されたのかちょっと思いつきません。


以前の記事で普通においしいお酒を提供していらっしゃる居酒屋がどんどん少なくなるのではないかと書きました。

ジャズ喫茶がどんどん潰れていくのもつらいですが居酒屋が無くなるのもこたえますなぁ。


天満の正宗屋さん長い間おいしいお酒と肴をありがとうございました。




(天満の正宗屋があまりに当たり前すぎて日常にとけこんでいたので、探してみると写真がいちまいもありませんでした。冒頭の写真は違うお店のものです。あしからずご了承を。)

2008年08月18日 お酒の話 トラックバック:0 コメント:4

月亭 可朝 カンカン帽にちょびひげ



月亭 可朝と言う名前をこんな形で目にするとは。

「70歳落語家をストーカー容疑で逮捕」
ネット上のニュースタイトルでこれを目にした時にはそれが誰なのかちょっと想像がつきませんでした。
その後の続報を読むとその容疑者とは月亭 可朝であることがわかりました。すぐに可朝であると気がつかなかったのは彼がもう70歳に手が届いていると思っていなかったためでした。

ご存知な方も多いと思いますが私は上方の落語が大好きです。

だんだんと落語家という芸人さんも職業としてやっているような方が増えてきましたが、可朝は誠に芸人と言う名前がふさわしい落語家さんであると思います。
若い頃に「嘆きのボイン」であっという間に人気タレントになりましたが、落語家としての力も見事なものです。


まさに型破りと言う名がふさわしい芸風で、何のネタも披露せずに最後まで「ほんまにほんまですわ、いやほんま」と言う言葉だけで高座を終えてしまったのには唖然とさせられました。
私は未見ですが、楽屋に届いた出前のうどんを持ったまま舞台に上がりそれを食べ終えるだけで出番をつとめたこともあるそうです。

落語以外でも世間の話題にのぼることも多く、警察のごやっかいになったり選挙に出馬したりと多くの方がおぼえていらっしゃると思います。


月亭という名前からご存じない方も多いようですが、可朝という名前からわかるように彼は現役としては桂 米朝門下の筆頭弟子であります。
不思議にも想いまたむべなるかとも想うのですが、米朝と言う言う芸風の下に可朝・枝雀・ざこばという誠に個性溢れる落語家が集うことになったのはとても面白いことだと感じます。

また、彼が大阪の出身ではなく横浜の生まれであるというのも余り知られることが無いのではと思います。

吉本興業を離れてから月亭 可朝を目にする機会は余り無くなっています。
関西の芸人プロダクションと言うと吉本あるいは松竹しかないと思われがちですが、可朝はKAプロと言うところへ所属しています。横山ホットプラザーズが所属していることで知っておられるかもしれません。


お歳を考えるとしっかりとした月亭 可朝の落語を楽しめる機会はそう長くは無いでしょう。

一門会や独演会は開いてもらえんでしょうかなぁ。
ざこばと二人会というのも面白そうですな。




2008年08月13日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:2

月亭 可朝 カンカン帽にちょびひげ(BlogPet)

sonnyの「月亭 可朝 カンカン帽にちょびひげ」のまねしてかいてみるね

月亭可朝というの下に最後まで「嘆きの」であります?
横山ホットプラザーズが集うことも職業としてやってしまったが増えておられるかもしれませんでしょう。
私は開いていらっしゃると落語以外でも世間の力も余り無くなっているとしっかりとしてしまった!
すぐにした時にのぼることで目にのぼることが無いでしょうかちょっと想像が所属したりとも想うの力も披露せずに上がりそれを目に可朝は月亭可朝をこんな形で、可朝の生まれであっという間に人気タレントに最後まで「ほんまにほんまですわ、いやほんま」と思いますが大好きですが大好きです。

*このエントリは、ブログペットの「silver」が書きました。

2008年08月12日 blog pet トラックバック:0 コメント:0

Many sides of Griffin

Return of the Griffin

グリフィンの追悼記事をそのままにしていたので今少しばかり。

グリフィンといえばブルーノートのテナーバトルで代表されるようなマシンガンのような早吹きばかりが話題になることが多いようです。確かにバリバリと吹きまくるグリフィンの演奏は彼の特徴の一つではあります。

ただグリフィンの凄さはそれだけではありません。バラード吹きとしてもたぐいまれな才能を有しています。

また楽曲の性根のようなものを的確につかみ取ることにも長けています。

演奏技術に関しては職人と呼ばれることもあるようにビバッパーとしてはソニー スティットと双璧だと思えるテクニシャンでもあります。


それらの素晴しさが非常に良くでているアルバムとして"Return of the Griffin"を挙げておきたいと思います。

リターン~と銘打ってある78年のこの作品ですが、別にグリフィンが引退状態からカムバックしたと言うのではありません。長らくヨーロッパでの活動を中心としてきたグリフィンが久しぶりにアメリカでのツアーとスタジオ録音を行ったと言う意味で付けられています。

この作品のレーベルであるギャラクシーがリヴァーサイド時代からグリフィンの優秀なアルバムを手掛けてきたオリン キープニューズの手になる物だとわかれば、このタイトルの持つところが良く知れると思います。


アルバム冒頭A面の1曲目の"Autumn Leaves"
 シャンソンを元とする枯葉をグリフィンがめんめんと……
などと想像した方は実際にこの曲を耳にされるとびっくり驚愕すること請け合いです。嵐の中で舞い散る木の葉と言った感じで急速調でグリフィンのテナーが炸裂します。早吹きテナーチャンピオンの実力を遺憾なく発揮しています。


二曲目の"When We Were One"
これはグリフィンのオリジナル曲ですがとても秀逸なラブバラードの名曲です。テナーサックスと言う楽器はその本質として非常に男性的であると思いますが、これほどまでに直裁に官能さを感じさせながら凛々しく雄雄しいテナーはグリフィンにしかあらわせない世界であると思います。


次の"Monk's Dream"はセロニアス モンクにささげたグリフィンのオリジナル曲です。

モンクのフロント陣をつとめるのは結構やっかいな物でしてかのマイルズ デイヴィスも「僕のバックではピアノをひかないでください」と頼んだのは有名なジャズ界での都市伝説であります。

ところがこの名アルチザンたるグリフィンはモンクのグループでも全く自身のプレイを崩すことなく難なく素晴しい演奏を繰り広げています。それらの演奏はプレスティッジの"セロニアス・イン・アクション"で楽しむことが出来ます。

セロニアス・イン・アクション+3

モンクに対する敬愛から作られたこの曲もいかにもと言った名演で、グリフィンの想うモンク像がありありと覗える演奏です。

その昔にはテナーバトルの名コンビであったエディ ロックジョーと共に"ルッキン・アット・モンク"という佳作ものこしています。

Lookin' at Monk

B面に移ってからの以下の三曲"Way It Is "" Fifty-Six "" I Should Care"もそれぞれ頭書に記しましたグリフィンの様々の魅力を存分に楽しめる演奏ばかりです。


このような出来のいい作品を仕上げたオリン キープニューズのジャズ及びグリフィンに対する慧眼と、ギャラクシーと言うレーベルにも敬意を表したいと思います


この機会に色々な面で素晴しい演奏家であるグリフィンの魅力を再認識していただければ嬉しく思います。

2008年08月07日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:6