若き日のアル ジャロウ



久しぶりに眼にしたアル ジャロウの記事が訃報であったのは
少し悲しいことでした。

さすがにグラミー賞を何度も受賞している歌手だけあって
各新聞にその報が出ていました。

それらの記事の中で彼の代表作として挙げられていたのは
上記のセルフタイトルアルバムの中に収められていた
「モーニン」(前々回の記事とは異なりこっちは"morning")でした。

アル ジャロウのことを当代最高のジャズミュージシャンと書きながら
「モーニン」を代表作とするのはかなり疑問を感じますが
新聞の担当者の程度が知れるというものですなぁ。

アル ジャロウをジャズミュージシャンであると紹介するならば
ミシェル ペトルチアーニとの共演作がいいなぁと思ったのですが
ネット上に動画はヒットすれども発売されている作品が見つかりません。


さてどうしたものかなぁと思ったのですが
ふと気づいたのが次の作品。

"Live at the Tender Trap" (fresh sound)
J.R. Monterose


寡作でしられるモンテローズが
アイオワの「テンダー トラップ」というジャズクラブで残した録音。

幻盤として有名であった"In Action " (studio4)
のピアノ ドラムとともに演奏していますが
ゲストとして若き日のアル ジャロウが参加しています。

この時アル ジャロウはアイオワ大学で心理学を学ぶ現役の学生です。

アル ジャロウは歌手として活躍する以前に
カウンセラーとしてはたらいていたそうなので
これはアマチュア時代の録音と言えます。

後年のようなスキャットを多用するような歌唱ではありませんが
その原型は感じられるようにも思えます。


プロとしてのデビューが遅かったので
彼がすでに70歳を超えていたのは少し意外でした。


                         合掌









2017年02月23日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

古典芸能としてのジャズ マルサリス一家


"Music redeems" (marsalis musisc)
Marsalis family


 「さて、本日はマルサリス家の為にかくも賑賑しくご来場いただき
  皆様のご尊顔を拝し恐悦至極に存じまする。
  この吉日に我々マルサリス南部屋はそろっての襲名を
  させていただく運びに相成りましてございまする。
 
  まず私ウィントン マルサリスは南部屋の隠居名にございまする
  三代目エリス マルサリスを襲名させて戴くことと相成りました。

  次に私の息子でありまするマイルズは三代目ウィントン マルサリスを
  襲名させていただくこととなりました。
  
  また本日初お目見えとなりました三代目ウィントンの息子でありまする
  私の孫にございますがこれよりベービィマルサリスを名乗り
  南部屋の一員として芸道にあい励むこととなりましてごさいまする。

  このように皆様方のお前にて南部屋親子孫三代にわたりまして
  このようなかくも盛大な襲名披露をさせていただくこと
  私 この上もなく幸せなこととあい感じ入ってございまする。

                           よっ 南部屋!!
   
  一段高き舞台の上からではございまするが
  これよりも今までより一層の南部屋へのご愛顧を
  いただきまするよう ひとへにおん願い申しあげまする。

                            よっ 南部屋!!
                             大南部屋!! 


  さて これより南部屋三代相揃いましてつとめまするは
  われわれ一門の重曲 南部屋好十八番より
  『ドナ リー』にございまする。

  それではごゆるりとご照覧いただきまするよう
  隅から隅まで ずずずーいっと
  おん願い申し上げたーてまつりまするーーっ。

                          よっ 南部屋!!
                             大南部屋!!
                               よっ 南部屋!! 」



という光景をはっきりと見た…… 気が


     ジャズの明日はどっちだ
                     



この記事で紹介したアルバムです                     
ミュージック リディームス



2017年02月17日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

人口に膾炙する呻吟と禁忌


"Moanin" (bluenote)
Art Blakey


いつものようにネットラジオをかけながら
洗い物をしていますと酒屋の店員さんが配達に来てくださいました。

「あっ、この曲は『美の壺』で流れるやつですよね」
と声をかけられました。

そうです たまたまネットラジオでかかった曲は
冒頭にあげたジャズメッセンジャーズのアルバムから
タイトル曲の「モーニン」だったのでした。

もう二十年以上も配達に来ていただいているのですが
そのように曲について反応されたのは初めてのことです。

さすがジャズブームの当時
「蕎麦屋の店員が出前をしながら口笛を吹いた」
と伝説のごとくいわれるだけの「モーニン」
 おそるべし
とあらためて認識した次第。


この「モーニン」ですけれど
よく朝の"Morning"の事だと勘違いされている方がいらっしゃいます。

正しくは"Moanin'"でして
「呻く」という意味ですね。

まぁジョン ヘンドリックスの歌詞では
呻くのは朝らしいのでどちらでもいいのかも(笑)。



さて酒屋さんが帰ってそのあとにかかった曲が
 
"Border-Free" (Jazz Village)
Chucho Valdés
 

に収録されている
「タブー」でした。

これまた今現在40~50代の人たちの間では
知らぬ者がいない名曲ですな。

曲名を知らずとも
カトチャンの「ちょっとだけよ」のバックで
流れていた曲だと言えばすぐに了解していただけるはず。

もっともそこで使われていたのは
  
ペレス プラードの手によるアレンジのヴァージョンでした。

こいつもまた当時の世代の小学校や中学校の
体育の時間前のお着換えタイムで
机の上でタブーのフレーズを口真似しながら
半裸で品をつくるアホが続出したはず(笑)。

これまた立派な昭和の伝説の曲と言えましょう。


曲名の「タブー」というのは
「黒人奴隷が白人女に恋慕することに対して」
つけられているようです。

なるほど扇情的なのはむべなるかな。




こういった非常に流行った物事に対して使われる常套句に
「人口に膾炙する」
という言葉があります。

この言葉を初めて知ったのは小学生の時でしたが
いったいこの言葉がどこから来たのかは詳らかではありませんでした。

意味としては
膾(なます)や炙(あぶった肉)というのは誰にも好まれて
人の口にするものである
ということのようですがねぇ。

なんとなく禅寺の坊主臭い言い回しに思えますな。

ネット時代ですし
長年の疑問を後で調べてみることにしましょう。



「モーニン」のあとに
「タブー」がかかるというのも
メッセンジャーつながりかしらん。

ネットラジオは面白いですなぁ。



そうそうチューチョ バルデス版で
「タブー」のソロをとっているのはマルサリス兄
ブランフォードでした。

あはっ

2017年02月14日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

三月書房ご店主(宍戸恭一)さんの訃報

以前にも書いた気がしますがサラリーマンを辞めて以来
新聞を精読するような事は無くなってざっと目を通すぐらいですが
朝刊をながめていて訃報記事に あっ と声をあげました。

三月書房の先代のご店主の訃報が掲載されていたからです。

三月書房というのは京都にある本好きの人にはちょっと知られた
新刊本屋さんです。

一見その昔にはいくらでもあった街のありふれた本屋さんで
特に大きなわけでもありません。


しかし京阪神の本好きの間では
  「三月書房って知ってる?」
  「知ってる知ってる ええ店やねぇ」
  「僕も大好きやねん」
なんて会話がされることがままあります。

ただの街の本屋さんである三月書房が本好きの間で
知名度があるのはひとえに本の品揃えのセンスにあります。

一般書から専門書そして児童書や漫画に至るまで
店主の知性や好奇心そして愛情が注がれています。

限られたスペースであるからこそ
選りすぐられた本が意味をもって並べられたさまは
本好きの心をくすぐらずにはいられません。

ちょっとしたお茶目な仕掛けがそこここにされていて
こんな具合に二冊の本が上下の棚にあわせておかれていたりします。




うふふ 素敵でしょう


家に本があふれかえっているので
極力本を買わないようにしていても
三月書房に行くと必ず数冊は買ってしまうので
困ってしまいます(本当はうれしいんですけれど)。


店を始めてからはとんと足が遠のいてしまっていますが
サラリーマンの時分には月に一度ぐらいは通っていました。

場所は京都市役所の裏の寺町通りを少し上がったあたりにあるのですが
近所には中古レコード屋さんがありとても私には好都合でした。


購入を決めている本を手に入れる方法としては
実際にある本屋さんに足を運ぶよりもネットで注文するほうが
はるかに便利です。

そういったご時世に合わせて街のレコード屋さんがなくなってしまったのと同じく
街の本屋さんがどんどんなくなってしまったのはとても寂しいことです。

私の実店舗がある商店街には23年前の創業時には本屋さんが
三軒ありました。

ところが今はすべて廃業されています。
最後のお店の本屋さんがお店をたたまれた時の言葉が
「こんな仕事をしていると長い休みは取れないしゴルフにも行けない」
  本好きの私はこの言葉を聞いて随分と悲しい気持ちになりました。
    そうか本屋さんをするのがそれほど好きじゃなかったんだ
  私は可能ならば今でも本屋さんをしてみたい気持ちがあります。


自分がうかがい知る知識や経験をもとにして本を購入するには限りがあります。
いわゆる管見に入ったものを基準にして選択するよりほかありません。

ところが私よりもはるかに優れた知見と経験をもとにした選択がなされた
本を端的に実物をもって提示してもらえる本屋さんがあるならば
これはもう本好きには願ったりかなったりです。

そんな夢のような本屋さんを提供してくださっていた三月書房のご店主には
感謝の気持ちしかありません。

幸いなことに三月書房さんはご子息の方が先代の意思を
しっかりと受け継いで経営されているようでとても嬉しいです。


ここまで書いてきてふと気がついいたのですが
これだけ情報があふれかえっている今であるからこそ重要なものは
本屋さんもジャズ喫茶もおなじですなぁ。

結局お店というのは店主の力量に尽きるのですね。


しかしまぁ京都新聞に載るのはともかくとして
三大紙に一書店の主人の訃報記事が載るというはすごいことですなぁ。

ご店主の宍戸さん(名前も初めて知りました)は
色々な意味でも有名人であったと新聞記事にありましたが
そんなことはあずかり知らなかったとしtも私には夢のような本屋さんの店主として
一生記憶にとどまることでしょう。

                             合掌


追伸

いつぞやのことでしたが
帳場に選んだ本を持っていくとご主人の手元に
パイプとともに女性の足をかたどったタンパー(パイプの為の喫煙小道具)がありました。

今まで見たこともなかった素敵なタンパーでしたので
「このタンパーはどこで購入されたんですか」とたずねますと
「お客さんの美大生の手作りでいただいたものです」
と嬉しそうにおっしゃられました。

あのタンパーや愛用されていたパイプは
一緒に棺にいれられたのでしょうかねぇ

ちょっと今思い出しました。

2017年02月04日 ジャズではない話 トラックバック:0 コメント:0