FC2ブログ

こんどはちゃんとジャズ一家フリーマン家のお話

ジャズ一家としてマルサリス家を紹介し
その流れからこれまた高名なジャズ一家フリーマン家をと思ったのですが
前回ジョーンズ三兄弟の話に脱線してしまいました。

今度こそはフリーマン一家のお話を


1980年代に前後してメインストリームジャズの本流を継ぐ新星として
瞬く注目を浴びるようになった二組の二代目ミュージシャンがあらわれました。

一組は先の記事で述べたマルサリス家の兄弟
ブランフォードとウィントン。
 このころは未だデルフィーヨやジェイソンは知られていません

この二人はブレイキーひきいるジャズメッセンジャーズのフロントを務め
一気に人気を博しCBSより相次いでリーダー作を吹き込みました。

Wynton Marsalis  (CBS)
Wynton Marsalis



"Scenes in the City" (CBS)
Branford Marsalis


大物のジャズミュージシャンとしか契約しないCBSと
何とジャズおよびクラシックの両レーベルでの契約とは驚いたものでした。



さてもう一人の新星はヴォン フリーマンの子息チコ フリーマンでした。



チコ フリーマンはウィントンたちとは一回りほど年上で
デビューも早く70年の半ばにはすでにリーダー作を発表しています。

"Morning Prayer" (whynot)
Chico Freeman


チコ フリーマンはマルサリス兄弟が保守本流と言った感じであったのに対し
どちらかと言うと先鋭的なジャズを演奏していました。

そういえばマルサリス一派の事を新伝承派と呼ぼうなんて
盛り上げ方をジャーナリズムがしていましたね。


マルサリス一家の父エリス マルサリスは
余程のマニアでなければ知らないミュージシャンでしたが
チコの父ヴォン フリーマンは少し突っ込んでジャズを聴く者たちには
シカゴの重鎮ミュージシャンとして知られていました。

そのヴォン フリーマンにはミュージシャンである二人の兄弟がいます。

一人は長兄の ブラズ フリーマン
それほど多くの録音を残してはいませんが
私にとってはハンプトン ホーズの名盤

"All Night Session" (contemporary)
Hampton hawes


でのキレのあるドラムの演奏で心に刻まれています。


さてヴォン フリーマンの一人の兄弟は弟のジョージ フリーマンです。

私が彼のことを知ったのは


"Man & Woman"  (Groove Merchant)
George Freeman

タイトルやジャケットデザインそしてレーベル名で知れるとおりに
ソウル色のつよい作品です。

このオリジナルアルバムですがダブルジャケトになっていて
内ジャケットにはアフロアメリカンの裸の女性がうつっているのですが
当時の日本では輸入の際に検閲がありマジックで黒塗りにされているのが悲しい(笑)。
  今なら高校生でも興奮しませんぜ


つまりはチコ フリーマンはシカゴの地での
有名ジャズファミリーの二世であったのです。

シカゴ生まれのせいゆえかチコの演奏にはそこはかとなくブルーズの匂いがして
アフロアメリカンのジャズを愛でる人たちからは贔屓されていて
ジャズ喫茶などではマルサリス兄弟などよりもずっと人気があったように思います。

とにかく80年半ばにはこれからのジャズを背負って立つのは
マルサリス一家とフリーマン一家だなんて真顔で語られたりしたもんです。


演奏の内容や良し悪しはひとまず置くとして
現在ウィントン一家の知名度はフリーマン一家をはるかに凌いでいます。

それには様々な理由があるのでしょうが
うーん  世の流れというのはままならんもんですなぁ。


当時のマルサリス一家とフリーマン一家の人気を表すアルバムが

"Fathers & Sons" (CBS)

二世代勢揃いのジャケットが当時のデザインも伴って
懐かしく思い出されます。



なかなか陽の当たらないフリーマン一家ですが
ジョージ フリーマンは高齢ながらお元気でして
先年甥っ子のチコと共にアルバムを出しています。

"All in the Family" (Southport Records)

当然のことながらジョージの演奏のピークはとうに過ぎているのですが
甥っ子のチコとの演奏から醸し出されるシカゴやファミリーの血が
私の心を揺らせます。






2017年09月27日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

フリーマンファミリーもジャズ一家のつもりがジョーンズ三兄弟

前回マルサリス一家の記事を書きましたが
ジャズでそれよりも古く有名である一家にジョーンズファミリー(三兄弟)があります。

一番上の兄弟がピアノのハンク ジョーンズ
二番目がトランペットのサド ジョーンズ
三番目がドラムのエルヴィン ジョーンズ

たまに三兄弟の他にサム ジョーンズを加えて四兄弟だと思っている人が
いますがもちろん間違いです(笑)。


単にジョーンズ姓だけで作ったアルバムでこんなものもあります。

"Whole Town's Talking About the Jones Boys" (period)
Thad Jones


ジャズ評論家として有名なレナード フェザーが企画した
冗談アルバム(内容はちゃんとしているが)ですね。

いうならばロングアイランドアイスティーみたいなもの…… って
余計にわかりにくいですか。
  ちなみに私はベースが四つも入るカクテルはうんざりです(笑)


長兄のハンク ジョーンズはトラディショナルなジャズから
ビバップ(パーカーとも録音)そして歌伴やスタジオミュージシャン
など幅広く長きにわたって活動しました。

サド ジョーンズが最も有名なのはカウント ベイシーや
自身とメル ルイスが率いたビッグバンドでの活動でしょう。
そのほかにもブルーノート諸作品をはじめとしてモダンな演奏も得意です。

エルヴィン ジョーンズは言うまでもなくコルトレーンの黄金のカルテットでの
演奏が有名です。

それぞれの兄弟たちがジャズの世界で
それぞれ別個のジャンルで一流ミュージシャンとみとめられているのですから
これはもう本当に凄いことだと思います。


いま記した通り同じジャズでもそれぞれが少しく異なるジャンルで活躍したので
三兄弟揃ってのレコーディングしたアルバムと言うのは意外に少ないです。



"Elvin!" (riverside)
Elvin Jones

今思いついたのは上記のリヴァーサイドのアルバムぐらいで
そのほかのものはすぐにはでてこないですねぇ。

このアルバムはエルヴィンにとっての初リーダー作だったので
兄弟そろって彼へのお祝いといった側面もあるのでしょう。


サド ジョーンズが亡くなった時に長兄のハンクが
 「サドがこんなに早くなくなってしまうなんて思ってもみなかった
  こんな事ならもっとたくさん兄弟でアルバムを作っておけばよかった」

と述懐していてエルヴィンとの共作でサドの為に捧げられた作品が

"Upon Reflection: Music of Thad Jones" (emercy)
Hank Jones


こうして聴いてみると演奏の幅が広いと思われがちなハンク ジョーンズですが
エルヴィンとはやはり住む世界が少し違うようです。

前述のエルヴィンの初リーダー作では
二人の間に入ったサド ジョーンズが
良いつなぎ役となっているのがわかります。

よくもわるくもエルヴィンはマイ ペースですね。

私生活では兄弟はどんな感じだったのかしらん



おかしいなぁフリーマン一家の話のつもりが
横道にそれて長くなってしまいました。

フリーマン一家のお話は次回に




2017年09月25日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

ジャズベースの父ウェルマン ブロとドロレス マルサリス家とのつながり

ジャズに関する海外サイトでのニュースをチェックしていますと
ドロレス マルサリスの訃報記事を見つけました。

ドロレスは有名なニューオルリンズのジャズ一家
マルサリス家の母親つまりはエリス マルサリスの妻であり
ブランフォード、ウィントン、デルフィーヨ、ジェイソンの母親です。

日本のサイトでは見かけなかったので未報かもしれません。


youtubeでは旧例に則った葬礼の模様がアップされていました。


目をはらした様子で演奏するウィントン、フランフォード、デルフィーヨの
姿が痛ましい。

映像の終わり近くでパーカッションを打ち鳴らして踊っている少女は
デルフィーヨの娘さんかしら


複数のサイト記事をよんでいてとても気になる記述がありました。

ドロレス マルサリスの父方の大叔父さんがウェルマン ブロだというのです。
ご存知の方もいらっしゃったかもしれませんが全くの初耳でした。


実際のところジャズを趣味とされる方のうちどれくらいの方が
ウェルマン ブロの名前をご存知でしょうか。

ウェルマン ブロはエリントン楽団の初代のベーシストを務めました。

エリントン楽団のベーシストといえば夭逝したジミー ブラントンの名が
つとに有名ですがブロはほとんど認知されていないのではと思います。

かく言う私もちょっとづつエリントンを齧り始めたこの10年ぐらいで
知った名前です。


ジャズに使用されている楽器の歴史解説などを読むと
ベースがジャズのメイン楽器になるのはそう古くないとわかります。

それ以前にベースの役割を担っていたのは主にチューバでした。

ジャズが軍楽隊の楽器を流用して演奏され始めたという説からは
なるほどと頷ける話です。


録音技術がそれほど発達していない20年代では
比較的音の小さなベースでは難しいという事もあったようです。

それゆえ古いジャズベーシストはチューバを兼任する人も多く
このウェルマンもそうであったようです。

彼こそがチューバのように低音をつむいでいくことから
ピッチカートでジャズの演奏の屋台骨を担う変換点の主人公でした。

言ってみれば 近代ジャズベーシストの父
と呼んで差支えのない人です。

テナーサックスでのコールマン ホーキンズに匹敵するお方。


と言っていても音を聴かないとはじまりませんのでこれまたようつべを

BLUE HARLEM - Duke Ellington - 1932

当時では全くの破格であった20秒ほどのブロの
ベースソロを聴くことができます。

普通のピッチカートでの演奏ではやはり音が小さいのか
スラッピングによる演奏です。

ブラントンのように現代のジャズに一直線につながるようには聴こえませんが
ミルト ヒントンひいてはミンガスへの道は見出すことができます。

なるほど ベースの父 ですな。


まとまった彼の演奏を聴くならば

"Cotton Club Stomp" (Naxos)
Duke Ellington:


が簡潔にこの時代のエリントのの演奏をコンピレーションしていて
有用だとお勧めします。

ナクソスはお安くてよろしいな。


さて訃報記事でエリス マルサリスのインタビューが引用されているのですが
要点をまとめて記しますと
  「みんながブランフォードやウィントン息子たちの音楽的な才能は
   私から来ているというんだけれどもそうではない。
   私の親族に音楽に関係のあるものは全くいない。
   すべてはドロレスの血から来ているんだ。
   ドロレスの父方には有名なエリントン楽団のウェルマン ブロがいるし
   そのほかにも歴史的に著名な音楽家を幾人も輩出しているんだ。」

という事だそうです。


うーんなるほど伝統芸能マルサリス家のルーツはとてつもなく深かったのだ。






2017年09月18日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

Let's Call The Whole Thing Off

pinkmartini


前回の記事でピンクマティーニについて書きました。

ユニバーサルのホームページ上での記述ではグループ名は
「ピンクマルティーニ」
と表記されています。

この"martini"と記されるカクテルですが
まさにショートカクテルを代表する有名カクテルです。

このカクテルだけについて書かれた書物も複数あるぐらいです。


ところがこの"martini"なるカクテルの発音が
日本人にはなかなか厄介なのです。

旧来からの慣行上としては「マティーニ」と呼ばれてきました。

海外のバーで注文しても何度も聞き返されることもあるようです。

幾度かネィティヴの人の発音を聞きましたが無理やりカタカナにすると
「マーティーニ」もしくは「マルティーニ」といった感じに聞こえます。


いずれにしても発音のアクセントは"ti"の部分にあります。

それさえ間違えなければ「マティーニ」であろうが
「マーティーニ」でも「マルティーニ」でも通じるように思います。


ところがですねそうやって発音すると今度は日本人には
「マティーニ」の事を指しているとは理解してもらえないようです。

結局のところ旧来通りに「マティーニ」と発音したり
記述したりするのが無難なようです。


日本語の発音と言うのはほとんど子音と母音の対で構成され
母音の数も少ないので外国語の発音や表記に完璧は期せないですね。

いっそのこと日本式のカタカナ発音で通してしまえばいいのに
現地発音にこだわったりして混乱するばかりですね。

ほんと漢字なんかは日本式発音で何ら問題ないと思うんですけれどねぇ。
シー チンピンていったいどなた?????


公式ホームページに「ピンクマルティーニ」とあったのを見て
またぞろこんなことを考えてしまいました。



アメリカ人ならばこんな苦労もないものを 
と思えば




"ELLA & LOUIS AGAIN" (verve)



アメリカ人ならばこんな気苦労など無いかと思いきやさにあらず
英語と米語の発音の違いあるいは豪語もそうでしょうが
それらの発音の煩雑さをネタにしたスタンダード曲があります。

ガーシュイン兄弟の作品
"Let's Call The Whole Thing Off"
がその作品です。

名作「シャル ウィ ダンス」中の一曲ですが
米英での発音の違いについて
「トマト」 「ポテト」 「パジャマ」などをネタにして
男女の掛け合いで歌われます。

映画ではフレッド アステア とジンジャー ロジャーズが
ローラースケートを履いてタップを踊りながら歌います。

ミュージカル映画史上の名シーンなんでしょうが
ミュージカル不感症の私は
ただただ笑い転げる迷シーン。
  興味のある方はようつべへ

"Let's Call The Whole Thing Off"で私が一番に思い浮かべるのは
上に挙げたエラアンドルイの二作目。

例によってエラとルイの掛け合いがピッタリとして
ほのぼのと暖かい気持ちになれます。


探せば見つかるかもしれませんが
インストでの作品はおもいつかないですねぇ。



さてそろそろ「ボジョレー ヌーヴォー」の季節ですが
このボジョレーと言う発音や表記も何年来おかしいなぁと感じていたんですが
数年前からチラホラ「ボージョレ ヌーヴォー」の記述も見かけるようになりました。

単に間違っているだけだったりして(笑)


うちの母親なんかは
いまでも「ピーエル カルダン」ですけれど
高校野球っかちゅう話ですが(笑)

あっ もうPL野球部って無くなったんですね
いや 軟式は残っていたんやっけ


Let's Call The Whole Thing Off!




2017年09月14日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

ピンクのマティーニ 「菊千代と申します」


"Hang on Little Tomato" (Heinz)
Pink Martini


インターネットラジオをかけっぱなしにしてることが多いのですが
いつも同じ局ばかりの物を聴いているとさすがに飽きが来るので
ちょっと他の局のジャズチャンネルを聴いていますと

「きーくちよ と もうーします」

なんて突然に日本語の歌詞が流れてきました。

  なんじゃいなぁ だいたいジャズちゃうやん
と思いながらモニターを確認しますと
演奏者はピンク マルティーニ
曲は "Kikuchiyo To Mohshimasu"


 あー あの「夜明けのスキャット」の
と思い当たりました。


調べてみますと和田 弘とマヒナスターズが1963年に発売した曲
ただヒットはしなかったようです。

内容的には東京の一夜妻の情景および心象描写のうた。

さすがにこの辺の曲になりますと私の年齢では手強いですが
よくもまぁ日系人とはいえアメリカ人が発掘するもんですねぇ。

録音にあたっては本家の和田弘さんが
スティール ギターを演奏なさっているようです。

録音日を見ると話題になった「夜明けのスキャット」より以前でした。
私の記憶では当時どこかで聞いた覚えがありませんが
ハワイアンのファンの間では有名かもしれません。


聴いていたのはフランスのネットジャズ局でした。
レコード屋さんでの あるある ですけれども
 わけのわからんレコードはジャズのコーナーへ
ですね。


ピンクマルティーニ(公式HPでの表記)というグループ名ですが
カクテルの名前としては公式的な本の中には見当たりません。

多分架空のカクテル名でしょう。
なんとも曰く言い難いグループ名ですなぁ。

ピンクと言ってエロティックな連想をするのは日本人だけだそうで
アメリカ人にとってのピンクにあたるものはブルーなんですと。
そうそう ブルーフィルムの ブルー 



実は私は30年以上前から勝手に「ピンク マティーニ」という
カクテルを自作して飲んでいます。
pinkmartini
 
ジンの飲み方として ピンクジン あるいは  ジンビターというのがありまして
ジンにビターズを一振りしてそのまま常温でいただいたり
ロックで供するものです。

その変形と言えば変形ですが
マティーニにアンゴスチュラ ビターズを加えただけのカクテルです。

アンゴスチュラの香りを生かすためにレモンピールは無いほうが良いです。
あとベルモットはフレンチでごくごく控えるのがコツ。

かなり辛口の男性的なカクテルですが
ジン好きにはたまらないはず    いゃ 私だけか

おすきなかたは一度おためしを。


古いカクテルレシピにはマティーニにオレンジピターを加えると
記述されていることが多かったので
昔は老舗のバーでマティーニを注文するとかなり甘く感じるマティーニが
供されることも多かったですね。

なんとなく懐かしいですなぁ
いっぺん作ってみようかしらん
      いやぁ やめとこ
















2017年09月12日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

デザイナー ポール ベーコンのもう一つの顔

リヴァーサイドのジャケットについての記事でポール ベーコンのことを
書きましたが彼についてもうすこしばかり。

ポール ベーコンの作成したレコードジャケットはリヴァーサイドだけではなく
ブルーノートのものが有名です。


"Genius Of Modern Music Vol. 2" (blue note)
Thelonious Monk




"Wizard Of The Vibes" (blue note)
Milt Jackson


ブルーノートのベーコンが手掛けたジャケットは
全てが10インチの時代のもののようです。

上に二作品を見ただけでもよくわかるとおり
ジャズの律動感が良く感じ取れるデザインです。

時代が持っているデザイン性もたまらなくそそるものがあります。

私はジャズファンでレコードコレクターではないのですが
こんな作品ならコレクトしたいとも思わせますねぇ。



彼の作品はリヴァーサイドやブルーノートの作品だけではなく
ユナイテッド アーティストにもあります。

"Aspects" (UA)
Benny Carter




"Bags' Opus" (UA)
Milt Jackson


なんだかポール ベーコン
ミルト ジャクソンの作品に縁があるようですねぇ。


他にもキャンディドやキアロスキューロ、RCA系列などの
ジャケットも作成しています。


実のところポール ベーコンのデザイナーとしての最も大きな仕事は
本のカヴァーデザインにあるのですが洋書に縁のない私には
紹介をすることができません。

ごめんなさい。


このようにデザインの世界では大家と言ってもいポール ベーコンなのですが
実はもう一つの顔をもっているんです。

その顔とはジャズミュージシャンなんです。


ベーコンは自身でも大変なジャズファンであると公言していて
ベニー グッドマンを聴いてジャズを好きになったそうです。

ジャズと言っても自身で演奏したり歌を歌ったりするのは
モダンジャズではなくニューオルリンズ ディキシーランドスタイルのもの。

驚いたことにリヴァーサイドのビル グラウアーやオリン キープニューズと共に
バンドを組んクラブにも出演していたんだそう。


80年代からは定期的にニューヨークのケイジャンレストランで歌っていたそうで
ジャズオロジーからCDも発売されています。


"Swing Me a Sing Song" (Jazzology)
Paul Bacon


ご存知の通り私はモダンジャズが専門ですので
残念ながら未聴です。


その上に日本にも公演の為に来日していたそうですから
これまた驚きですなぁ。

どこかで記事として取り上げた媒体はあったのかしら


ここまでくればもう旦那芸のいきではなくて
完全なプロミュージシャンです。

デザイナーとして著名なポール ベーコンですが
ミュージシャンとしてもどこか記憶の片隅に。
  
  誰が興味あんねん (byヤナギブソン)






2017年09月08日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

あの人じゃないポール ウェラーのおはなし

前回の記事で紹介したアルバム

"Kenny Dorham Sings and Plays: This Is the Moment!" (Riverside)
Kenny Dorham


ですけれどもチェット ベイカーの二匹目のドジョウをねらったわけですが
チェット ベイカーのリヴァーサイドでの初リーダー作品

‎" It Could Happen To You - Chet Baker Sings" (Riverside)
Chet Baker


いかにもこの二つの作品のジャケットの雰囲気がそっくりでしょう。

それもそのはずでこの二つのアルバムのジャケットを作成したのは
フォトグラファーのポール ウェラーと
デザイナーのポール ベーコンの両名なんです。

リヴァーサイドのジャケットは幾人かのデザイナーおよび写真家を使用しているのですが
おそらく四五十枚程度はこの両名のコンビによるものがあるはずです。

私はピンときてリヴァーサイドのジャケットを裏返して
彼ら二人の名前を見つけると
「ダブル ポール!」とこころのなかで呟いてニヤリとします。


ちょっと手元で確認できるものをあげますと

"Sound of Sonny" (Riverside)
Sonny Rollins


このジャケットなんかはブルーノートの名コンビである
フランシス ウルフの写真にデザイナー リード マイルズの作品に対する
オリン キープニューズのオマージュのようなものが感じられます。



リヴァーサイドのジャケットでダブル ポールによる作品らしいものとして

"Serenade To A Bus Seat" (Riverside)
Clark Terry




"The Right Combination" (Riverside)
Joe Albany




"Monk's Music" (Riverside)
Thelonious Monk


の三枚をあげておきたいと思います。



洗練されて都会的なと言うのではなくて
どことなく野暮ったくもありほのぼのとしたユーモアーがあり
いかにもアメリカのレコードだという感じが好きです。

最後のモンクのアルバムジャケットなんか
モンクの大きな特徴であるウィットに富んだ部分が出ていて
大好きなジャケットです。



ウルフ リードのブルーノートのジャケットに対するパクリじゃなくて
オマージュされた作品は世の中にあまたと存在しますが
ダブル ポールに対するオマージュ作品だってあります。

以前紹介したことのあるボビー ブルームの作品に

"Bobby Broom Plays for Monk" (Origin)
Bobby Broom

があります。

うふふ
ブルームったら あんたも好きねぇ


ポール ベーコンはアメリカのジャケットや本のデザイナーとして
かなり著名であると思います。

ですがもう一人のポール
ポール ウェラーに関してはほぼ無名なんじゃないでしょうか。
  異ジャンルには超有名なポール ウェラーが存在しますが

私も彼の名前をリヴァーサイド系列の諸作品以外で
目にした覚えがありません。


キープニューズやグラウアーのお友達だったのかしらん

謎の写真家ポール ウェラー
ぜひ記憶の片隅にでも











2017年09月06日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

解けたケニー ドーハムのヴォーカルアルバムの謎


"Kenny Dorham Sings and Plays: This Is the Moment!" (Riverside)
Kenny Dorham


先日来チェット ベイカーの評伝「終わりなき闇」を読んで
よしなしごとを書き連ねています。


ケニー ドーハムと言う著名トランぺッターがいます。

著名と書きましたけれども個人的にはもっと評価されてしかるべき
素晴らしいジャズミュージシャンだと思います。

さてそのケニー ドーハムには
大問題作と言われる謎のボーカル アルバムがあります。

それが上に挙げた「ジス イズ ザ モーメント!」です。

1980年代の半ばまでこのアルバムは日本盤としては発売されず
リヴァーサイドのカタログの中だけで知られる希少盤
つまりはコレクターズ アイテムと言える幻盤でした。


ジャズの中古レコード専門店でもめったにお目にかかることはなく
ほとんどのジャズファン達はその内容を聴くことはありませんでした。

私が通っていたジャズ喫茶は勿論のこと
ことあるたびに尋ね歩いたジャズ喫茶でも所有している店はありませんでした


東京の有名某ジャズレコード店の壁に4万8千円の値で出ていたが
試聴を申し出るときっぱりと断られたとか

熱心なジャズレコードコレクターがやっとのことで海外オークションで競り落とし
半年近くも到着を待って いざターンテーブルに載せ
一曲目を耳にしたとたんその内容のあまりのことに腰を抜かした
なんてまことしやかな話まで漏れ伝わる始末でした。

こうなりゃもう都市伝説級のレコードですなぁ。
ようつべなんて便利なものは無い古き昭和のお話でございます。


80年の半ばにファンタジーのOJCのカタログにも存在しないのに
ビクターがこのレコードを発売すると報じたときには
急いでいきつけのレコード店に予約を入れました。

発売されると告知されながら製作中止になるのは良くあること。

やきもきしながらやっと実物を手に入れ
ターンテーブルに載せ針を落としました。

腰を抜かしはしませんでしたが
ケニー ドーハムの声にしばし絶句しました(笑)。

そりゃあなかなか日本盤にもならないだろうし
リバーサイドが再プレスもせず
fantasyが発売を渋っていたのも当然です。


そうなると一体全体どういう経緯でこのアルバムが
作成されたか気になるところです。

プロデューサーであるオリン キープニューズのライナーによると
このアルバムの制作はドーハム自身の申し出によるものだとあります。

また ドーハム自身ディジー ガレスピーの楽団の公演中に
しばしばヴォーカルを披露していたとも書いてありますし
ドーハムがヴォイストレーニングを行っていたことも知れます。

それにしてもこの内容でよく発売したものです。


ところがこのアルバム制作の発売の理由が「終わりなき闇」で
知れることになりました。

チェット ベイカーのヴォーカル アルバムが人気を呼び
今のアイドル並みに婦女子の追いかけまで現れるようになると
ラッパ吹きのミュージシャンたちがこぞってヴォーカルアルバムの制作を
レコード会社に持ち掛けたようなんです。

まぁかなりのミュージシャン達の楽器を始める動機が
「女にもてたいから」という事実がありますし
リー モーガンにみられるとおりに女性関係に問題を起こす
楽器No.1のトランペットとあらばむべなるかなと言った気もしますね。


「あんな下手なヴォーカルを歌う白人トランペット野郎のアルバムを制作するなら
 俺のアルバムを作らない手はないぜ」
なんてリヴァーサイドのプロデューサーに迫ったんでしょうかね
ケニー ドーハム。

もしかしたら腕に覚えのある両こぶしを
ボクサーのように構えていたかもしれないなんてね。


でもケニー君ジェイムズ ディーンばり(チェットが自身でひろめた)の
かんばせとはいかなかったですし
なんといってもチェットのヴォーカルがヘタウマならば
ケニー君のはヘタヘタですからなぁ。

あえなく初版プレスで終了となったわけですなぁ。

これもリヴァーサイド倒産の遠因となったのかな。



この記事を書くにあたってケニー ドーハムのディスコグラフィーを見直していて
ちょっとびっくりした発見がありました。

なんと ケニー ドーハム
このアルバム作成以前にヴォーカルのレコーディングを行っていたんです。

残念ながらそれらのヴォーカル曲は陽の目を見ることなく
お蔵入りとなっていたのですがCDの時代になり
このアルバムの追加曲として発表されていました。


"Quintet" (debut)
Kenny Dorham


"Chicago Blues"
" Lonesome Lover Blues "
の二曲がその発掘されたドーハムの幻の幻ともいえるヴォーカル曲です。

まぁ内容は言わずもがなというか 想像どおりです。


さてこの二曲が吹き込まれた日時なんですが
なんとチェット ベイカーがヴォーカルを始めて録音した日よりも
早いんですよ。

つまりこの二曲がお蔵入りしなければ
ドーハムはチェットよりも歌手として先輩だったわけです。

このへんのあやというのは面白いですねぇ。


デビューと言うレコードレーベルはチャールズ ミンガスによるものですが
勇気をもってケニー ドーハムのヴォーカルをお蔵入りにするとは
審美眼が確かと言うかぶれないというか経営者として見事ですな。

   デビュー自体は20数枚のアルバムを作成して解散したんですけれど


ケニー君この曲のお蔵入りを余程きにしていたんでしょうな
   くそー あの録音さえ発売されていればチェットなんかより……

「江戸のの仇を長崎で」ってわけで
  「デビューの仇をリヴァーサイドで
    ミンガスの仇をキープニューズで」



いやぁ
チェットの評伝のおかげでまた一つ
事情がスッキリとしました。

おもしろい







2017年09月03日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0