よみがえるジョン コルトレーンの都市伝説

インターネットが驚くほど急速に発展して
昔であれば大きな図書館に出向いて図書館司書の方の力を借りても
数日は解決にかかるような不明点も即座に解決することもできるという
今日がいまだに信じられません。

ただしウィキペディアに代表されるように
ある事柄に対して上位に検索されるサイトの内容が
必ずしも正しいとは限らないのがネットの恐ろしさだと思います。

いろいろなお客さん達と話をしていていつも不思議に思うのは
どうしてそんなに簡単にネット上の無記名の記事を
そっくりそのまま鵜呑みにするのかという事です。

ちゃんとした専門家の発行書物でも誤りがあることだって
少なからずあるのにネットの記事などよくよく吟味しなければ
誤った情報を植え付けられてしまうのは当然です。


またぞろなんでこんなことを言いだしたかと言いますと
先の記事で触れたコルトレーンの三部作について
かつて流布されていたまことしやかな嘘がよみがえっているようなのです。

その三部作とは前回の記事に書いたとおり
1962年から63年にかけてインパルスに残された三枚のアルバムの事です。

"Ballads" (impulse)
John Coltrane



"Duke Ellington & John Coltrane" (impulse)
Duke Ellington & John Coltrane



"John Coltrane & Johnny Hartman" (impulse)
John Coltrane & Johnny Hartman


この三部作についてはマラソンセッションのような決まった呼び名はないのですが
「コマーシャル三部作」、「シャリコマ三部作」などと呼ばれています。

それはこれらの三枚のアルバムがスタンダードを中心とした
比較的大衆に受け入れられやすい柔らかい作品であったためです。

プレスティッジ時代のコルトレーンであるならばそれほど不思議ではないのですが
アトランティックの頃から先鋭さを増していたコルトレーンが
急に先祖返りしたようなコマーシャル優先と思えるアルバムを出したことに
コルトレーン信者の間では動揺が起こりました。

 コルトレーン様がこんなアルバムを作ったのには
 なにか 深ーい わけがあるにちげぇねえだ

「小百合様はトイレになんかいかねぇだ」てなとこです。

そこで生み出されたのがコルトレーン三部作都市伝説
 「1962年ごろからコルトレーンは楽器の調子やマウスピースの不調に悩んでいた。
  それを見かねたプロデューサーのボブ シールが
  ちょっと気分を変えてスタンダード中心の柔らかいアルバムを
  いくらか吹き込んだらと提案した
  そこで作成されたのがこれらの三部作なのだ。」

すごいですね まるでどこかの政治家世界ばりの忖度であります。


一体どこからこのような荒唐無稽な作り話がでてきたのか
分かりませんが結構広まっていた都市伝説でありました。


80年代の終わりであったか90年代のあたまぐらいであったか
ボブ シール自身のインタビューからこれらの三部作の制作過程が
明らかにされました。
  (実際の記事を探そうとしたのですがちょっと無理でした
   従ってこんなネットに落ちている当記事を
   信用しちゃぁだめだめ(笑))

大枚はたいてアトランティックからジョン コルトレーンを獲得した
インパルスですが作成したアルバムの売れ行き不振に困っていました。

その上コルトレーンは大編成を擁するアルバムを作成するわ
やたらスタジオで録音をしたがるは経費は増すばかりです。

当然担当のプロデューサーに
「もっと売れ行きの見込めるアルバムを制作せよ」
と厳命が下るわけです。

賢明なるボブ シールは
「コルトレーンに存分にアルバムを作成させるには
先ずはヒット作品で上層部を納得させねば」と考え
この三部作を作成したわけです。

その翌年の64年にはかの名アルバム「至上の愛」で
大ヒットをかっ飛ばすわけですからボブ シールの
名参謀ぶりには大きな拍手です。 




まったくけったいなこじつけ話を無理やりひねり出さずとも
このコルトレーン三部作は素敵な作品ですのにね。

うふふふ







2018年07月19日 ジャズ都市伝説 トラックバック:0 コメント:0

Both Directions At Once: The Losts Albumを買うべき人

さきの記事で書いたあのコルトレーンというのは
下記のアルバム「ボース ディレクション アト ワンス、ザ ロスト アルバム」
の事です。


"Both Directions At Once: The Losts Album" (impulse)
John Coltrane


ジョン コルトレーンに関しては短い生涯の割には録音された物は
比較的多く残されています。

またプライべ-ト録音物やいわゆる海賊盤も多数あり
いまさら未発表アルバムが出たと言われても
いささか食傷気味という感じです。

コルトレーン信者の間でこの未発表作品がありがたがられるのは当然として
私が驚いたのは天下の大新聞にこのアルバム発売が報じられたことでした。

そろそろ老兵は消え去ったかと思いのほか
団塊のおじいちゃんたちの影響力はひつこくはびこっているようです(笑)。


1963年の三月六日録音という事ですから
ちょうど「「バラッズ」「エリントン」「ハートマン」の頃の作品です。

マッコイ タイナー、ジミー ギャリソン、エルビン ジョーンズを擁した
黄金期の作品でできとしては問題はないはず。

収録曲を見ますと
"Nature Boy"
"Impressions"
"One Up, One Down"
"Vilia"
とすでに知られている曲もたくさんあります。

他にも曲名不明のオリジナル曲がありますが
あまり大きな期待はできないように思えます。


実際に聴いてみますと
ほとんどの曲はざっと流したような演奏です。

エルビンのドラムだけはいつもの本テイクと変わらすに
ほんいきでのえんそうだとかんじます。

多分エルビンと言う人は流すなどという演奏をする人ではないのでしょう。

リーダーたるコルトレーンはもちろんの事ベースのギャリソンや
マッコイも軽く合わせているような演奏です。


結論としてはこのアルバムで納められている演奏は
リハーサルテイクあるいはそれに準ずる演奏だと思います。

そうではないとしてもハッキリ言ってブルーノートであるならば
間違いなくお蔵入りだったセッションです。

あっ、いやお蔵入りセッションか(笑)
ボブ シールにごめんチャイ m(__)m


では、全くもって一聴の価値もない演奏であるかというと
私としては一曲のみ聴くに値する曲があると思います。

それは"Slow Blues"と名付けられた曲。

所謂ブルーズでしてタイトルもあらかじめ決められていたものであるかどうか
分かりませんがこの曲はなかなかの聴き物でした。

以前より感じていたのですがコルトレーンのブルーズ演奏は
彼の個性や特徴にとてもフィットしていると思います。

この曲でもごく自然にコルトレーンの持ち味が十分に発揮されていて
見事であると感じました。


売らんかなの発売元や
尻馬に乗ったジャズ専門家たちや
実際にはジャズを聴き取る力のない有象無象の人々は
世紀の発見だの見逃すことのできない作品などと騒ぎ立てるでしょう。

私の見解を今一度述べたいと思います。
  ただのリハーサルテイクです
時間に余裕があるコルトレーン信者のかたにのみお勧めします。


このアルバムを購入していいのは
  コルトレーンが神であると認識している人たち
  ジャズは俺たちのものだと思ってい団塊の人たち
  付和雷同するよりない聴く力のないジャズ屋の店主たち
  およびレコード販売関係者
  とりあえずジャズ通を気取りたい人たち
  大阪で呉服を販売している人
  お金と時間が有り余っている人たち
といったとこでしょうか。

うーん、全部該当する人もいるかも。


「で、そういうSonnyさんはどうするの?」って
  いやあ 私は先のブルーズだけダウンロード買いしますか
  やっぱりspotifyでじゅうぶんですな

うふうふふふふふふふふふふふふふっふ










  


2018年07月17日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

川本真琴からの~ジョン コルトレーン

川本真琴に夢中になっていた時期がありまして

もう振り返ると20年以上も前のことになってしまいましたが
川本真琴のメジャーデビュー作「愛の才能」を聴いて
  なんじゃこの圧倒的なスピードに生の歌詞は
  ぜんたい今の若い子はこんなスピードで歌を聴き取れるのか

なんておっちゃんの域に入り始めていた私は
まさに若々しさ全開生命力あふれる歌詞と歌いっぷりにノックアウトされました。

そして周りの知人たちに事あるごとに
  川本真琴すごいで
と吹聴していたわけです。
  
 「ははーん、ソニーさん またはじまったでー」
とみんなは思ったでしょうな


「川本真琴」

その後も「DNA 」、「1/2 」など立て続けにヒット曲をかっ飛ばし
上記のセルフタイトルのアルバムはベストセラーになりました。

このへんは現在30歳以上の方たちには記憶にあるところだと思います。

その後彼女は音楽活動の分野をいろいろと拡張して
マニアなファンには一層愛顧されることになるのですが
一般の人たちからは忘れ去られた状態となっていたと思います。


私としては等身大の自分自身を表現していきたいと考える
川本真琴の姿勢と活動に大変共感と尊敬を持っています。

ですが
彼女の残した先のデビュー当時のあまりにも鮮烈であった
作品達にあてられて心酔してしまった私には
それ以降の作品には興味や感動を持てなくなっていました。
  (べつにカロリーミットファンケルがわるいわけじゃありませんぜ)

ふふふ聴衆なんてそんなものです


さて時は20年ほど流れまして再び川本真琴が
かつてのヒット曲をリメイクして現在の自分をうつしたアルバム

「ふとしたことです」 (日本コロムビア) 
川本真琴

を発表
いわゆるセルフカヴァー集ってやつですな。

正直な話こういったリメイク物に大当たりはまず無いところ。
こんなものに手を出すとがっかりするのは必定です。

まぁ。初恋の相手なんか20年ぶりに会いたいなんて
アホなことは考えないほうが賢明というものです。

そのようなことから私はこのセルフカヴァーアルバムを聴かずに
するーしていました。
  うーん、賢明な選択

ところがですね
先日spotifyである音楽を聴いていた時に
ふと 魔が差しまして
  あ 川本真琴のあれ聴けるんちゃうか
と思うと止めときゃいいのに検索

あんのうじょうというかやはりアルバムが見つかりまして
うかうかと聴いてしまいました。


その結果はと言いますと
やっぱりやめときゃよかったです(笑)

40歳を超えた等身大のおばちゃんに
昔の面影を求めるなんてことはお門違いもいいところ

そりゃぁもう聴き手の問題でして
川本真琴に全くの罪はございません。

  うーん、ジャズ風アレンジまであって とほほ 

いやいやですからこれはもう聴いてしまった私が悪い
いやもうほんと わたしがバカなんでございます。


なんて後悔しきりなところに
もう一つアホな考えが
 あ あのコルトレーン 聴けるんちゃうん



あはははははは
 結末やいかに




2018年07月14日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:2

ライオンはおかんむりでも私はにっこりなブルーノートセッション

前の記事でマイケル カスクーナが発掘したブルーノート セッションから
ヴァーネル フォーニエとイスラエル クロスビーが参加した
デューク ピアソンのセッションを紹介しました。


"The lost sessions" (bluenote)
Various

このアルバムにはぜひとも紹介しておきたい
素晴らしいブルーノートばなれしたセッションが収録されているのです。

それはソニー スティット率いるグループによる
"Lady Be Good"
Sonny Stitt(ts)
Dexter Gordon(ts)
Don Patterson'org)
Paul Weedon(g)
Billy James(ds)

数々のレーベルにそれこそおびただしいほどのアルバムを
残したソニー スティットですがこのセッションを聴くまで
彼がブルーノートに録音を残していたとは思いませんでした。

ソニー スティットとブルーノート(アルフレッド ライオン)では
全くジャズ観が一致するとは思えません。

綿密に計画をねりリハーサルを重ねて磨き上げたサムシンエルスを持つ
作品を世に問うことを信念とするアルフレッド ライオン。

一方お馴染みのスタンダードとブルーズを
一気呵成にご機嫌な演奏に仕上げるソニー スティット。

いやもう録音する前からお蔵入りが決定したようなものですな。

一体全体このセッションもどこから実現したのか
詳しく知りたいものです。


このセッションの模様についてはデクスター ゴードンが
  私の音楽人生で最も楽しめたセッションの一つだ
と振り返り当時の様子を語っています。

ライオンはシングルカットの為のセッションを望んでいたみたいです。

当日演奏するミュージシャンは実にご機嫌であったようですが
スティットたちレギュラーバンドのいい加減さにライオンは
イライラしていたのだそうです(そりゃそうでしょうとも)。

スティットとゴードンたちが三曲ほど演奏して次に
お馴染みの「バイ バイ ブラックバード」に取り掛かり始めたところ
ライオンが飛び上がって叫び始めたのだそうです。
 「一体どこのどいつがバイバイの新しいバージョンを欲しがっているっていうんだい!
  全体奴は何をやってやがるんだい!!」

それを聞いてゴードンは話もできないぐらいに笑い転げて
この録音は以上終了となりました。

あはは いやぁ実に面白い意味ぶかーいエピソードでありますな。


さてさて 実際の演奏の内容ですが
そもそもシチューエーションとしてスティットとゴードンというモダンジャズ界の
大御所二人のテナーバトルといのがありそうでなかったもので貴重です。

スティットにしろゴードンにしろ数々のテナーバトル
カッティングにチェイスを繰り広げてきたわけで
この顔合わせは願ってもないことです。

当然のことながらこういうセッションは二人ともおてのもので
しかも二人およびバックのミュージシャン達もリラックスしながらも
ご機嫌さは最高潮です。

スタートダッシュの勢いそのままに一団で
エンディングまで駆け抜けるシズル感あふれる
ジャズの魅力が発揮された演奏になっています。
  そういう意味では他のブルーノート作品にはみられない
  最高な一曲といってよろしいかと


ですがですが
アルフレッド ライオンがお気に召さないのは当然のこと

アルバム一枚分の収録があったらねぇー
ぜひともききたかったなぁ

でもこの一曲でも残っていて異色のブルーノート作品を
聴けたことは望外の幸せであります。



この記事で紹介したアルバムです
ザ ロストセッションズ




2018年07月11日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

ブルーノートのお蔵に眠っていたピアソンとクロスビー=フォーニエの共演

今少しアーマッド ジャマルの黄金のリズム隊
イスラエル クロスビーとヴァーネル フォーニエのお話を

さきの記事で紹介した通りアーマド ジャマルのリズム隊を従えて
ピアノの演奏をしたミュージシャンにジョージ シアリングがいます。

ではその他には彼らをリズム隊としたピアニストはいなかったのでしょうか。

実は他にもう一人クロスビー=フォーニエと共に演奏したピアニストがいます。

そのピアニストとはデューク ピアソンです。
しかもその記録はしっかりとブルーノートにより記録されました。


少しばかりブルーノートのディスコグラフィーを齧った方は
  クロスビーにフォーニエが入ったブルーノート???
と不思議に思われるかもしれません。

そのブルーノートのセッションはお蔵入りになってしまい
マイケル カスクーナによる発掘盤が後年発売されるまで
人々に知られることはありませんでした。

"The lost sessions" (bluenote)
Various


このアルバムにはマイケル カスクーナが
ブルーノートの多くのお蔵入りセッションから
興味深いものを選んで製作したものです。

当該のデューク ピアソンのセッションからは三曲
"For All We Know"
"I See Your Face Before Me"
"Sweet Slumber"
が収められています。

二番目の曲以外にはアイク ケベックのテナーが参加しています。
録音年月日はJune 26, 1960


ここでブルーノートに詳しい方は「ほうー」と関心を持たれたのでは?
そうブルーノートのA&Rを担ったふたり
アイク ケベックとデューク ピアソンが共演しているんです。
   うふふ おたっきー  
   誰が興味あんねん(©ヤナギブソン)


さてと演奏の内容ですがどうも今一つ
ピアソンとリズム隊がしっくりいっていない様子です。

ピアソン自身がいつも通りにメロディーを謳わせる様は素敵です。

この人はごくメロディーを浮かび上がらせることに長けていますが
多くのアフロアメリカンが持っているソウルフルなところやファンキー感は
あまり強調されることがありません。

そこらへんが一部のジャズピアノ愛好家に偏愛される理由でしょう。

ならばジャマルのリズム隊とも相性が良さそうですが
じっさいにはそうでもありません。


ピアソンのピアノはことさらソウルフルではないのですが
メロディーに体幹の強さを感じさせるような強靭さがあります。

その辺が間を活かすことが特色であるクロスビー=フォーニエと
そりが合わないようです。

フォーニエのドラムについてはそれほどでもないのですが
イスラエル クロスビーのベースはちょっとやりづらそうな感じです。

強力なスゥイング感を追い求めるアルフレッド ライオンの価値観とは
かなり隔たりがあるようでこのセッションがお蔵入りになったのは
むべなるかなだと思います。


この演奏もいつもながらイングルウッドのヴァン ゲルダーのスタジオで
録音がなされているのですが
そもそもシカゴをベースにジャマルのリズム隊を務める二人が
どのような経緯でピアソンとブルーノートで録音を残すことになったのか
全く不思議です。

一体何の綾でありましょうや
知りたいものですなぁ


このセッションについてあまり芳しくないような感想を書きましたが
素晴らしい美点もあります。

それはアイク ケベックの歌心あふれるソロ。

アイク ケベックは本セッションの前まで長らくの間
演奏をすることは無かったのですが久々の録音でも
彼の演奏は絶好調。

彼のインターバルや時代の移り変わりは全く問題に感じられず
ケベックが素晴らしい個性の触れるミュージシャンであることが
証明されています。

一聴の価値大いにありです。



この記事で紹介したアルバムです
ザ ロストセッションズ




P.S.
先の記事でも紹介しイスラエル クロスビーがミード ルクス ルイスと残した
ブギーウギーのアルバムはブルーノートが製作したものです。



2018年07月09日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

なるべくしてなったノーマン シモンズの希少盤

シカゴをベースとして活躍したドラマー ヴァーネル フォーニエについて
記事を続けています。

シカゴというアメリカジャズ界から言えばローカルな地域で活動していたので
フォーニエが残したアルバムはどうしても希少化する傾向になってしまいます。

80年代に私がオリジナル盤を探していて一度も実物を手に取ることが
出来なかったアルバムがあります。

"NORMAN SIMMONS TRIO" (argo)
NORMAN SIMMONS


アーゴにより発売されたノーマン シモンズの初リーダー作です。

ここに先の記事で紹介したワデル グレイの最終リーダー作でも共演した
ヴァーネル フォーニエとヴィクター スプロールズのトリオで録音されました。

レコード番号がargo607と極めてアーゴの最初期のレコードで
後にスペインのフレッシュサウンドから再発されるまで
内容を聴くこともできなかった希少盤です。

アメリカのジャズレコードの出版に関してはニューヨークもしくは
西海岸カリフォルニア周辺が中心となるのでそれ以外の地域の
レーベルはどうしても手に入りにくくなるのです。

現在は上記であげたとおりにフレッシュサウンドからCD化されていて
容易に入手できるようです。
  まったくいい時代になりましたなぁ
  送料さえ我慢すればオリジナルだって海外から入手は可能ですぜ


さてアルバムの内容はと言いますと
ノーマン シモンズのオリジナル曲とスタンダード曲が半々の構成で
いたって真っ当なピアノトリオ作品です。

ヴァーネル フォーニエのドラムについては先の記事でも書いた通り
すでに個性が確立されていて見事です。

ヴィクター スプロールズの演奏も同様に後年もみられるように
肉厚で手堅いサポートです。


さて主役のピアノ ノーマン シモンズはといいますと
これがワデル グレイの録音同様興味深いです。

例えば「ステラ バイ スターライト」ではすでに活躍していた
アーマッド ジャマルを明らかに意識した演奏になっています。

また「マイ ファニー バレンタイン」のような曲では
後年歌伴ピアニストとして名を馳せるシモンズの萌芽が
うかがえて面白いです。

この作品は1956年のリリースですが
この後順調にシモンズの作品が作成されるかと言えばさにあらず
次にリーダー作が発売されたのはなんと20年後

"Ramira The Dancer" (spotlight)
Norman Simmons


スポットライトより発売された「ラミーラ ザ ダンサー」まで
アルバム制作を待たねばなりませんでした。
   ちなみに随分以前に雑誌にて推薦記事を書きました
   これもまた現在は多少入手困難であるようですなぁ
 
ノーマン シモンズが彼の主戦場を歌の伴奏へと移したという事も
なかなかリーダー作を造れなかった大きな理由でしょうが
彼ほどの実力者でもジャズで日の当たる場所に出るのは
難しいのだと言わざるを得ません。

ただ20年の期間はノーマン シモンズには実りあるものだったようで
ここではしっかりと歌をうたうシモンズの個性が聴き取れ
又とないピアノ作品に仕上がっています。

よかった よかった




あっ ヴァーネル フォーニエの記事やった 


多分つづきます










2018年07月08日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

ヴァーネル フォーニエだって二刀流だ

ヴァーネル フォーニエの記事の続き

ヴァーネルの確認できる最初期の録音はと言うと
なんと

"wardell gray" (Classics France)
Wardell Gray


ワデル グレイの最後のリーダーセッションとなった録音に参加。 January 19, 1955
この数か月後にはグレイは変死するわけですが

このセッションで録音された曲はレコード時代からスゥイングタイムやトップランク
といった様々なレーベルから発売されているのですが
元はと言えばヴィージェイがSP及びEP盤(VJ135)として発売したものでした。

収録曲は"Oscar's Blues (Blues In The Closet)"と"Hey There"の二曲。
ピアノにはノーマン シモンズそしてベースにはヴィクター スプロールズという
シカゴジモティで固められていてすれっからしファンにはたまらない?布陣。

当時ヴァーネル フォーニエは26歳のはずですが
録音からは例によってストーン ストーンと小気味の良いリズムが聴かれ
彼の個性がしっかりと確立されていることがわかります。

早熟が当たり前の当時のジャズ界では26歳は一人前の歳ですかね。
でも凄いものだと感じます。


ちょっとおやっと感じるのはノーマン シモンズのピアノ。
フロントがモダン ジャズテナーの雄ワデル グレイとあってか
かなりオーソドックスなパウエルばりのバッパーとしての演奏です。

ビバップにそったお手本のような演奏でソロも披露しています。



さて 双葉より芳しを確認したうえで
フォーニエの次なる録音はといいますと

"Ain't That Loving You Baby:Singles As & Bs 1953-61" (jasmine)
JIMMY REED


なんとなんとこんどはシカゴブルーズの雄ジミー リードのセッションに参加!!
収録曲には彼の最大のヒット曲"Ain't That Lovin' You, Baby"が。

"Ain't That Lovin' You, Baby"はエリック クラプトンやエッタ ジェイムズをはじめ
数々のミュージシャンたちにカヴァーされた名曲です。

この曲も様々な形態で録音が発売されているのですが
これもまたまた元は言えばヴィージェイによりSP及びEP盤(VJ168)
としてリリースされたものです。
 録音日はDecember 5, 1955

このセッションでのヴァーネル フォーニエは
ブルーズ然としたジャッフルをきざんでいてこれまた見事です。

 ジャズができりゃーブルーズなんてできるんじゃぁないの
なんて意見を言う人もあるでしょうがジャズとブルーズは
全くの似て非なるもの。

そんなに簡単に両者をこなせるものではありません。

プロ野球の選手だって女子ソフトボール部にきりきり舞いなんて
ざまはあたりまえでしょ  うふふふふ


しかしまぁ
ブルーズの本場シカゴには掃いて捨てるほどの
ブルーズ ドラマーがいるでしょうに
ヴァーネル フォーニエおそるべしですなぁ

いやぁ ブルーズのドラムについてなにがしかを言うほどの
理解力は持っていない私

 言い過ぎました  m(__)m




この項もう少し続くと思います














2018年07月07日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

Vernel Fournieってジャズドラマー知ってます?

ジャミル ナッサーの記事やイスラエル クロスビーの記事を書いたのでヴァーネル フォーニエについても少し

"Complete 1961 Alhambra Performances" (argo)
Ahmad Jamal


黄金期のジャマルトリオをベースのイスラエル クロスビーと共に
しっかりと支えたドラマーがヴァーネル フォーニエ。

これままたイスラエル クロスビー同様に
誰かと演奏について語り合ったという記憶がありません。

ストーン ストーンと小気味よく刻まれるリズムと
懐が深くブルージーなドラムはなかなか他に並びうる者はいない
素晴らしいミュージシャンです。

世間での認知度があまりないのは不思議なくらいで
アーマッド ジャマルの諸作以外にもクリフォード ジョーダンと
数多くのアルバムを残しています。

そのうちの一枚が

"Repetition" (soul note)
Clifford Jordan

ピアノのバリー ハリスのバピッシュな演奏も相まって
ジョーダンのワンホーンの快作としておすすめの一枚です。

他にもヒューストン パースンやエッタ ジョーンズのミューズ盤などにも
作品があり少し突っ込んでジャズを聴いた方なら思い当たるんじゃぁないでしょうか。

言い換えるとジャズの名盤をひとあたり聴いただけでジャズ通を自任する方には
ヴァーネル フォーニエの名前にはピンと来ないかもしれないです。


私には良くある話なのですがヴァーネル フォーニエに関して
とんでもない思い違いをしていました。

素晴らしいブルージーなヴァーネル フォーニエの演奏から
勝手に彼の事をアフロアメリカンだと決めつけていたのです。

であるとき動くレスター ヤングとビリー ホリディの共演で有名な
TVショーのレザーディスク(懐かし)を見たんですが

”"Jazz Masters: Vintage Collection 1958-1961"

もちろんプレスとレディ デイの共演は感動モノでしたが
とても驚いたのは一緒に収められていたアーマッド ジャマルの映像でした。

それはヴァーネル フォーニエとイスラエル クロスビーを有していた
まさに黄金のピアノトリオの演奏でした。

  おーっ 動くジャマルに動くクロスビー
  そして ヴァーネル ……  ヴァーネル白いやん!

画面に映し出されたヴァーネル フォーニエの姿は
頭をポマードで撫で付けた白人のあんちゃんでした。

  うっそー……

司会のアナウンスメントでもはっきりとドラムのヴァーネル フォーニエと
紹介していて何かの間違いではないようです。

そして私は
 「さすがシカゴやなぁ 白人でもあんなブルージーな演奏する奴が
  おるんやなぁ  JR以来のおどろきやわ」
と今度はヴァーネル フォーニエの事を白人だと瞬間思い込んだのです。


 しかし ちょっと待てよー Fournierってフランス人っぽい名前だよなぁ
 ピエール フルニエって有名なチェロ奏者もいてるしなぁ
 クリオールじゃないの でもシカゴのクリオールっていうのもなぁ
なんてもやもやしていました。

今のように手軽にネットで検索と言うわけにもいかない時代だったので
ヴァーネル フォーニエのクリオール説は確定されませんでした。


さて今ではこんな疑問はさっさと解決するわけでして
はたせるかなヴァーネル フォーニエはニューオリンズの出身で
クリオールをルーツとしていました。
   アフリカの血が入っていて一安心って (なぜに)


うふふふ やっぱりそうか
ヴァーネル フォーニエってクリオールだよ
   誰が興味あんねん(©ヤナギブソン)



あー、ちょっと長くなったので次回に


この記事で紹介したアルバムです
リピティション (大推薦盤)
Complete 1961 Alhambra Performances
(蘊蓄 アルハンブラはバット ノット フォー ミーで大儲けのジャマルが作った店💛)





2018年07月05日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

シアリングも羨むジャマルの黄金のドラム&ベース


"But not for me" (argo)
Ahmad Jamal


アーマッド ジャマルと言えば「バット ノット フォー ミー」というか
さてそれ以外のアルバムを知らないという人のほうが多いのでは

さほどに有名なジャマルの大ヒットピアノトリオアルバム
「バット ノット フォー ミー」ですが
さて、サイドをつとめるベーシストとドラマーの名をご存知ですか

この黄金期のジャマルトリオのサイドメン
ベーシストはイスラエル クロスビー
ドラマーはヴァーネル フォーニエ。

明晰にして堅実なモダンベーシストのクロスビーと
懐の深いフォーニエのドラムが紡ぎだす
魔法の絨毯に目いっぱい間を活かしたジャマルのピアノが
二つとないこの時期のジャマルの演奏スタイルを支えました。


先の記事であまり注目されないベーシストのジャミル ナッサーについて
書きましたが今回はイスラエル クロスビーについて少し。

イスラエル クロスビーですが生年は1919年といいますから
近代ジャズベースの祖ジミー ブラントンとたったの一つ違いです。

事実ジャズ史家の内にはクロスビーの事をブラントンと
並び称する者もいるようです。

そんなことからクロスビーの初録音はジーン グルーパーとのものですし
アルバート アモンズ(ジーンのパパ)やミード ルクス ルイスといった
ジャズ創世記のブギ ウギピアニストとも録音があります。


となれば1930年生まれ(ロリンズと同年)のモダン期のジャズメン
アーマッド ジャマルのメンバーになったいきさつも気になるところです。

共にシカゴをベースとして活動することから俊才の呼び声高いジャマルに
地元のすでに名声を確立していたクロスビーが力を貸したというとこでしょうか。

ピアノトリオにドラムが参加するようになる前にはギターが入っていましたが
そのころから既にイスラエル クロスビーはジャマルトリオでの
ベーシストとしてメンバー入りしていました。


ジャマルとクロスビーとが残したアルバムは手元で確認した限りでも
12枚を数えます。

ジャマルは余程イスラエル クロスビーがお気に入りだったんですね。


この黄金期のジャマルトリオの名声は先にあげた「バット ノット フォー ミー」で
一気に高まりその後ヒットアルバムを立て続けに出したのですが
1962年の半ばで突然に解散します。

「トランキリティ」のライナーによればクロスビーの突然の逝去が原因と
ありますが 実際はそうではありません。

先に述べたように他に変えようのない魔法の絨毯を織りなす
クロスビー=フォーニエのリズム隊を引き抜いた者がいたのです。

それは当時名声も確立していたピアニスト ジョージ シアリング。

二つとないリズムセクションをバックに演奏してみたいという気持ちは
分からないでもないと言いますか……

そして作成されたアルバムが

"Jazz Moments" (capitol)
George Shearing


シアリングがこのジャマルのリズム隊を得て
スタイルをエロル ガーナー~アーマッド ジャマルのように
寄せていったような曲もみられます。

しかしと言うか当然と言うかシアリングはシアリングでして
メロディーをしっとりと浮き立たせる演奏は健在です。

この新しいリズム隊をこれからどう料理しようかと
いろいろと試しているような感じがうかがえます。

まだまだピッタリとこのリズム隊を沿わせるには
少し時間が必要だとも感じます。

さてこれ以降の新シアリング トリオの演奏やいかに

ですがこのピアノトリオ突然の中断を余儀なくされます。


心臓発作であえなくイスラエル クロスビーが
この世を去ってしまったのです。

あーあ 好事魔多し


もう少しクロスビーがながらえていたならば
彼の一般への認知度も上がったでしょうに。

            残念





おまけですが
貴重なイスラエル クロスビーの来日の模様が
ようつべに!!!  おーっ  ハンクさまも



ありがたや







2018年07月02日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0

ジョージ ジョイナー 三つ名のあるお兄いさん

アーマッド ジャマルの記事を書いていて
ベーシストのジャミル ナッサーについて少し書いてみようと思いました。

記憶をたどってみてもジャミル ナッサーの演奏について
他の誰かと意見を交わしたという事はないように思います。

こんなにユニークなベーシストなのに少し不思議な気がします。


ジャミル ナッサーと言うミュージシャンについて話をすることがあると
それは決まって彼の複数ある名前についての事です。

複数の名前をミュージシャンが名乗る場合の多くは
契約の関係上本名では困るような場合に変名を使うという
ケースです。

チャーリー パーカーが使った変名チャーリー チャンなどが
有名ですね。


それから多いのはアフロアメリカンのミュージシャンの場合
イスラム教に改宗してイスラム名に変えることもよくあります。

イスラム教ではイスラム名を持っていないものは信者とは認められないので
必然的にイスラム名が必要となります。

先に紹介したアーマッド ジャマルもイスラムに改宗する以前は
フレデリック ジョーンズと言う名前でした。.


さて私がジョージ ジョイナーと言う名前のベーシストと出会ったのは

"FABULOUS PHINEAS" (RCA)
Phineas Newborn jr.


「ファビュラス フィニアス」と言うアルバムでした。
通常のベーシストとは全く異なる音遣いとノリで
直ぐに彼だとわかる個性的なベースでした。

ちょっとうまく表現できないのですが普通のベーシストが
まさに歩くようにウォーキングでラインを刻むところを
「ウンペンポコペン」てな具合で妙な足取りで演奏するのです。

弾いている音もなんだか正確なのか適当なのか
いい加減に聞こえます。

こういった変態ベーシストで思い当たるのは
ウィルバー ウェアその人ですが
彼の演奏からは確信的な音遣いであると思える
張り詰めたものが聴こえるのですが
ジョイナーはなんとも能天気な感じです。

このアルバムの当のリーダーがテンションを感じる
天才フィニアスであったので余計にそういうう印象が
植え付けられたのかもしれません。


こうやって彼の演奏が認識されてからは
結構いろいろなところでジョイナーの演奏を
聴く機会が増えました。


"Lou Takes Off" (blue note)
Lou Donaldson



"Dig It!" (prestige)
Red Garland


etc,

結構ジョイナーって有名どころのミュージシャンと
録音を残しているんです。


さてアーマッド ジャマルのアルバムで彼に出会ったときは
別の名前を名乗っていました。

先の記事の「トランキリティ」でも記載があった
ジャミル シューリ-マン  Jmil Sulieman

名前を見てわかるとおりに
ジョージ ジョイナーもイスラム教に改宗して
改名したのでしょう。

アーマッド ジャマルに入信を勧められたのか?
なんて考えていたら実はジョイナー 
アイドリス シューリーマンとヨーロッパ ツアーに出ていたりして
親交があったもようでして
  それゆえのジャミル シューリーマンか?

ちなみにアイドリス シューリーマンの
以前の名前はレナード グラハムと言います。


さらにジョイナーが晩年のピアニスト アル ヘイグと共演することには
名前はまたもや変わっていてジャミル ナッサーへとなっていました。

つまりは
ジョージ ジョイナーと言う名前から
ジャミル シューリーマンへと変わり
その後ジャミル ナッサーと名乗っているわけです。

ううーん
とってもややこしい

こんなことするからジョイナーの演奏に注目されるより
自称ジャズ通の蘊蓄おじさんたちに名前の話を
されちまうんでしょうな。


ほんとうにねぇ
独特な個性のベーシストとして
ジャミル ナッサーが注目されるといいなぁと
思う今日この頃でございます。






2018年07月01日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0