狂言じゃ狂言じゃ古典こてん

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狂言を観る事が今年の初ライブになりました。昨年、一昨年と新年の口開けには三代目春團冶の落語を聴きに参りました。

今年は人間国宝でもある、茂山千作さんが弟さんの千之丞さんと出演されるとの事で狂言の方を見に行くことにしました。

たった今、人間国宝と書いて思ったのですがどうして三代目は人間国宝の指定が無いのでしょうね。とても不思議な気がしますね。芸の値打ちが受賞や肩書きで決まるわけではないのですが、わりきれないものを感じます。

「素襖落」の太郎冠者という役どころを千作さんが演じ、主人の伯父役を千之丞さんが演じておられました。千作さんが1919年の生まれ、千之丞さんが1923年の生まれと言いますから、今年で88歳と84歳になられるようです。

ご兄弟でありながら千作さんと千之丞さんの芸風はかなり異なるように見受けられます。

千之丞さんは、とても理知的な感じのする方でその台詞回しや所作も狂言という古典の中ではリアリティさを感じます。

一方兄の千作さんのほうは私生活本来のことはわかりませんが、全く天衣無縫というか役どころがそのまま千作さんであるかのごとくあてはまるような自然な演技が持ち味だと思います。

もちろん、これは狂言を観ている者が勝手に感じているわけで、ここにいたるまでの芸への精進はものすごいものがあったのでしょう。けれども舞台の上で拝見する千作さんは役を演じるという風がほとんど感じられずまるで素のままのようにすら見えます。


千作さんが舞台に登場すると、能楽堂全体がぱっと華やいで見えます。これは舞台上のことだけではなく、観客席も皆がふーっとにこやかになるのが感じ取れます。

狂言の所作と言うのは常に中腰でスムースな動きが要求され、結構な所作も有ったりしてご老体には大変なように見えます。事実千作さんの動きには多少ギクシャクしたところが見受けられますが、演目に引き込まれるうちにあまり違和感は感じなくなりました。

舞台上の千作さんのまわりには何となく柔らかいスポットライトが当たっているような不思議な感じがします。この感覚はいつかの…… と思っていると一昨年のバリーハリスの公演に思い当たりました。

おおーっと一人感じ入りましたが、バリーハリスの音楽は観客が一人も存在しなくても成立するように思います。枯淡と言う言葉が似つかわしいように思います。

千作さんの芸のほうは、観客がいて初めて花が咲くように感じました。根っからのエンターテイナーであり、年老いてなお色気のある芸のように感じました。

バリーハリスの芸は彼の最終型を観たような思いがしましたが、千作さんの方はまだまだこれから変化していくのではないかなと思わせるものでした。

欲を言いますがこれからも千作さん千之丞さんが長生きをされて、茂山家のお二人の芸がどのような先に行き着くのかずっと観ていたいなと思います。



狂言の笑いと言うのはさわやかで後味がよく、とても良い年が迎えられそうないい一年のスタートになりました。

2007年01月18日 古典 狂言 トラックバック:0 コメント:0












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