神様はサイコロを振るのか



その言葉を知った時から「確率」と言う不確かな物が苦手です。

箱の中に赤と白の玉を入れて
そこから一つの玉を取り出すとすると
赤の玉をひく確率は1/2=50%

二人の人間がいるとして
一番目にひく人が赤い玉を引く確率は50%
二番目に引く人が赤い玉を引く確率も同じく50%

なるほどここまでは私のぼんくらな頭でも何となくわかったような気分になります。


さてこの上記のような例で
一度ひいた玉を箱の中に戻しても
取り出してしまって箱には戻さなくても
この確率というものは変化しないのだと言います。

はてさて、このへんから私の頭では確率というものがとらえどころのないようになります。

一度ひいてしまった玉を箱の中に戻さなかった場合
一人目の人が赤い玉を引く確率は50%
ハイここまではオーケイであります。

赤い玉をひいた一人目の人が
 「やったぜ俺は赤い玉を引いた」と高々とみんなの前にかかげたとすると
二人目にひく人が赤い玉をひく確率は0パーセントではないのでしょうか。

一人目の人がひいた赤い玉ははこの中に戻されないのだから
二人目の人が赤い玉をひく可能性は万に一つもありゃしません。

また、もし一人目の人が白い玉をひいたのであれば
二人目の人が赤い玉をひくのは100パーセントに違いありません。

ひいた玉を元の箱の中に戻さずに取り出してしまう場合
二人目にひく人が赤い玉を引く確率は50%というあいまいな物ではなく
一かゼロという明瞭な物になります。


さてこの場合でも一人目にひく人が自分が引いた玉の色を他の人には知らせずに
持ち去ってしまった場合はどうなるんでしょう。
この場合は二人目の人が赤い玉をひく確率はやはり50%でしょうか???

もし一人目の人が誰にもそのひいた玉を見せずに
「赤い玉をひいた」
と叫んだ場合
二人目の人が赤い玉をひく確率は。
 一人目のひとが真実をのべたのか
 ひょっとして嘘をついたかも


はてはて確率と言うやつは良くわからないものですなぁ。


さてこの赤い玉をひくという行為が年末の商店街の福引であれば
こんなあほらしいことを考えるのは無意味であるかもしれません。

くじ引きのコーナーに一本しかない特賞ハワイ旅行の当選者がデカデカと張り出してあったとしても
くじをこれから引こうとするものはちょっぴり残念な気分になるだけのことでありましょう。


もしもこの赤い玉をひいた者は明日も生きることができ
そうでないものは処刑されるとしたらどうでしょう。

こんなとてつもないサイコロ遊びに心を締め付けられるような日々が続いたらしんどいですなぁ。


シュレディンガーの猫のように
生きたり死んだりしているのが
この世の人のありさまであるのでしょうか。

ねぇ教えてアインシュタイン様

2008年11月15日 未分類 トラックバック:0 コメント:2

こんにちわ。
これは言葉のマジックではないでしょうか。
全ての行為が始まる前は、前者が赤を引く確率も後者が赤を引く確率も同等に50%ですが、前者が行為を確立した後は、後者の確率は前者とは同等にはならないはずです。
違うのかなぁ?(笑)

2008年11月02日 falso URL 編集

falsoさん、こんにちは。

レスがおそくなり申し訳ありません。

確立と言うやつは本当にとらえどころのないものだと思います。
結局のところ確率と言うのはマスとかマクロといった全体の把握はできるとしても、個々の事象に関してはなかなか思い通りに適用しにくいという事だといえるのでしょう。

最近この確率とやらに振り回されがちな日々を送っているのでこんな阿呆な記事を書きました。
つまらない記事にお付き合いいただきありがとうございました。

2008年11月04日 Sonny URL 編集












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