「大阪の京橋でジャズ喫茶ってどうしてですか?」

ジャズ喫茶を始めたころに「どうしてまた大阪の京橋でジャズ喫茶を?」と何度となく尋ねられました。

 どうしてこうしてもあるかいな……
  新宿やろうが梅田やろうがいまさらジャズ喫茶なんてどこでやろうがいっしょだろうに
なんて思いながらどう答えれば他人様が納得のいくように伝えられるかと頭を悩ませました。

今頃になって昨日またぞろそんな問いかけをされたので、少しばかり考えましたがやはり満足のいく答えを思いつきませんでした。

 なんて思っていると脈絡もなく(実はきっと脈絡はあるはず)、ジャズ喫茶”SONNY!"が健在であった頃においでになったあるお客さんのことを思い出しました。

セルフレスネス・フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス

そのお方はお店においでになるとこうおっしゃられました。
「コルトレーンを聴けるようになりたいんですが、どうすればいいでしょうか」

これはまた私にとっては厄介な質問です。
 私はジャズを聴きたいと思ってジャズを聴き始めたわけではなく
 このジャズを聴かなくてはならないと思いジャズを聴いているわけでもないからです。

そのような事情をそのお客さんに語り、私にはその手助けをすることは出来ないと言おうとしたのですが少しばかり気になることがありました。


そのお方は男性で年のころは30歳手前といったところでしょうか。
私に質問をされたときの表情にどこか思いつめたような感じを受けました。

ただ事ではないなという気がしましたので、どうしてコルトレーンを聴けるようになりたいのかお尋ねしました。そのお答えを整理すると。

そのお客さんの名前をかりにAさんとお呼びします。

Aさんには婚約を交わした恋人がいました。
ところがその恋人が結婚式を挙げる直前になって交通事故にあい、この世を去ってしまわれました。
その彼女が大のコルトレーン好きであったということです。

つまりはAさんは彼女を失った心の空洞を埋めるためか、あるいは彼女の生きてきた意味の一端を理解しようとしたためか… といったところでコルトレーンを聴けるようになりたいと思ったのでした。


今現在の私であれば、また違った答えを出来ると思うのですが、若かったわたしには彼の期待にこたえるようなことは出来ないことでした。

その理由は先に述べたとおりのことがまずあります。


そしてもうひとつの理由というのは
 
「感情をシャンパンに交えることはその味をだいなしにしてしまう」と書いたのはヘミングウェイだったと思いますが、その頃の私にはジャズに対してそういった音楽至上主義のようなところがありました。

Aさんのような想いを持ってコルトレーンの音楽を理解しようとするのは、あまりにも悲しすぎると感じました。
 彼女にも
 コルトレーンにも
 なによりAさんのためにも

このような状況でコルトレーンの音楽のすばらしさを、Aさんにお伝えするのはとても無理であると思ったわけです。

今となってはどういう具合にそういったことをAさんにお伝えしたのかわすれましたが、どうにかこうにかお話してAさんにはおひきとり願いました。


 今現在のわたしならばAさんに対して何らかの手助けをしてあげられるだろうか?

  やっぱり無理かも知れませんねぇ。



どうして急にこんなことを思い出したんだかしら?


どうして大阪の京橋でジャズ喫茶なんか始めたんだか?


2009年03月26日 私のジャズ トラックバック:0 コメント:0












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