ジャズの専門店「ミムラ」三村晃夫氏を悼む



大阪でジャズのアルバムを購入している方の多くの方がご存知であろう
ジャズの専門店「ミムラ」店主である三村晃夫さんが
先月の末に心不全で急逝されました。

このことは大阪の多くのジャズファンの間に
大きな悲しみをもって受けいれられることとなりました。
ネット上でも数少なくない記事がホームページやブログ上で
三村さんの追悼を表しています。


私も今月の二日にその事実を驚きをもって知らされましたが
すぐにこのことをブログの記事にすることが出来ませんでした。

一週間ほどたって少しばかり気持ちに整理がついてきたので
この記事を書いています。



三村さんの死については
ご親族や友人関係の方はもちろんのことですが
そのほかにも大きな損失をもたらしたことに間違いはありません。


三村さんがいなくなったことの
私の関係することの損失としては
大きく言って二つのことがあります。


一つは大阪のジャズ界における(そんなものが確としてあるかはこの際おいておいて)の損失です。

ただでさえ商売にならないジャズというものですから
ジャズ喫茶にせよジャズレコードの専門店にせよ
大阪で成立させることはまことに困難なことであり
自らそんな商売をこころみるかたはとても稀有なことです。

大手レコード販売のジャズ売り場もどんどん縮小されてしまい
メジャーレーベルの新譜を手にとって購入することさえ
難しくなっているのが大阪での現状です。

現在ジャズのアルバムをつっこんで聞いてみようとするには
ネットでの購入が不可欠であると断言できます。


しかしジャズを何十年も聴き続けているつわものはいいとしても
これからジャズを聴き始めようとしている人たちにとっては
何の手がかりもないところからネットでアルバムを選択し
購入するのはとても至難の業です。

そんな人たちにとって町のジャズレコード屋さんとして
適切なアドバイスももらえるジャズの専門店「ミムラ」は
大変心強いお店であったと思います。

何十年もジャズを聴いてきた方々にとっても
年配の方でネットになじめない人たちにとっては
「ミムラ」は手にとってジャズのアルバムを買える
数少ないお店であったといえます。


ジャズを聴いてみたいといった方たちや
ジャズを聴き続けていきたいと感じる年配の方のような
ジャズ界の底辺を支えているのは
実に三村さんのような町のジャズレコード屋さんであるのです。

これらのことが
三村さんの死がジャズにとって
大きな損失になったという理由です。


これまで数多くのジャズ喫茶を見送ってきた私が感じていることがあります。

ジャズ喫茶に通っていらっしゃる多くのお客さんが
自分のなじみのジャズ喫茶が閉店してしまうと
他のジャズ喫茶へ通うことなく
そのままジャズ喫茶へ通うという習慣や
ジャズを聴くという習慣をやめてしまうのです。

ジャズの専門店「ミムラ」が無くなってしまったことによって
同様のことがおこるであろうことは簡単に想像がつきます。
とくにジャズを聴き始めた方にとってはなおさらのことです。


ジャズの専門店「ミムラ」を知ることで
ジャズの魅力に目覚めた方たちが
これからもどうかジャズを聴き続けてもらえることを
切に願います。

三村さんはお金儲けのためだけではなくて
ジャズに対する愛から「ミムラ」を
きりもりしていたのはあきらかなのですから。



さてもう一つの大きな損失は
私の極私的な損失感です。

上にも記したとおり
ジャズというのはもう商売としては
ほとんど成り立ちはしないジャンルです。

そのジャズを商売として
何とか成立させ八年もの間(こんなことがなければこれからも続いたでしょう)成立させた
三村さんはジャズに対する深い愛情があったことは間違いのないことです。

そんなジャズに対する大きな愛を持っていた三村さんと
お互いに腹をわって
ジャズに対する思いを互いに語り合うことが少なかったことが
とても悔やまれます。

その気になりさえすればいくらでも時間はつくれたはずですのに。
なんとも残るのは後悔ばかりです。


三村さんは以前は中堅レコード店でジャズコーナーを担当されていたのですが
そのころには結構商売としては大胆な商品構成を取って仕入れをされていました。

その大胆な商品仕入れのおかげで
バーゲンコーナー行きとなったアルバムたちを
随分たくさん買わせてもらったものです。


三村さんが独立して「ミムラ」を立ち上げてからは
その商品構成はかなり大胆なものから堅実なものへと
さまがわりするようなりました。

個人商店がバーゲンコーナー行きの商品を
多く出しているようでは瞬く店をつぶしてしまうのはあきらかです。

ただ私のようなすれっからしのジャズファンには
なんだか物足りなさを感じるようになったのも事実です。


また、ジャズのアルバムを製造し流通させる方法も
この何年かの間で激変しました。

ジャズのインディーズ化や
自費出版が急速に進み
これまでのアルバムの流通経路にのらずに
ネット上で販売されるジャズのアルバムが激増しました。

もうジャズの新譜を購入するにはネット環境を所有することが
不可欠になっているのです。

このことが私が決して二度と触るまいと思っていた
コンピューターを購入する決定的な要因でした。


そうなってしまうと
町のレコード屋さんたる
ジャズの専門店「ミムラ」に足を運ぶことは少なくなってしまいました。


もっと「ミムラ」に行って三村さんと
話をしておけばよかった。

いつもながら思慮の浅い私の
大きな後悔です。


商売としてジャズに関わった者は
一般のジャズリスナーとは違ったジャズに対する視点を
望むと望まざると持たずにはいられなくなります。

三村さんとしか出来ないジャズの話は
たくさんあったはずなのです。

無念……



亡くなってしまわれた三村さんの
個人的なジャズ観を知るわずかな手がかりが
ワルツ・フォー・デビイです。

うちへおいでになったときに
「何かお好きなアルバムをおかけしましょうか」
と問うた時に少し照れたような顔であげられたのがこのアルバムでした。

システムから流れ出す何度となく聴いたであろうこのアルバムの音楽を聴いて
「ええーっ、こんなたくさん音が入ってるんや!」
と興奮気味に声を上げたのを忘れません。



「三村さん どうなん    」



やっぱりまとまりのない文章になってしもうたわ
まだまだ喪失感はなくなれへんようです。

                         合掌

2011年08月09日 未分類 トラックバック:0 コメント:2

Sonnyさん、こんにちわ、暑いですね。

田舎のジャズ事情は、もっと散々たる状態ではないかと思います。ビジネスとして成り立ち難いのは勿論の事「ジャズを聴く」と言われる方たちの頭の固さは、30年前40年前と全く変わっていません。
「ジャズを聴く」と言う事を自慢されて「私も聴くんですよ」と言えなくなる事が今でもまま有ります。
こんな田舎にも「ジャズと言うスタイルの音楽を楽しく聴く」事を教えてくれる人望の厚い方がいてくれたらと思います。


このアルバムは、個人的な思い出が沢山有ります。
また個人的な理由や屁理屈でCDになってからは、ほとんど聴いていないアルバムでも有ります。
多分私も「偉そうな態度のジャズ・ファン」になってしまったのかもしれません。なんか、自分がヤだな(苦笑)。

2011年08月17日 falso URL 編集

falsoさん、こんにちは。

大阪も残暑がとても厳しく暑いです。
毎年のことなんですけどね。


>「ジャズを聴く」と言う事を自慢されて「私も聴くんですよ」と言えなくなる事が今でもまま有ります。

このお言葉とーてっもよくわかります(苦笑)。


ジャズに限らず町の音楽を楽しむということを教えてくれるレコード屋さんが壊滅状態にあると思います。
冗談抜きに音楽の将来が憂えるような状況だと感じます。
私が子供のころには音楽が好きなレコード屋さんが
町に一二軒はあったもんですが。

危機的な状況にあるといわれる町の本屋さんよりも
町のレコード屋さんは当の昔に淘汰されてしまっている今日だと感じます。


このエヴァンズのアルバムはジャズの入り口にも最適なものですが
これほど真価を聞き取るのが難しい作品もないと思います。

それゆえこの作品にコメントするのは難儀なことやなぁと感じます。
エヴァンズもどきの演奏を耳にするたびにエバンズの偉大さを再確認します。

2011年08月18日 Sonny URL 編集












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