哀悼 なべさん



先日、医師でもある音楽愛好家のMさんが久しぶりにお見えになりました。
冒頭の会話

「久しぶりですねぇ、今日はなんかあったんですか?」

「あんな、なべさんが今日亡くなったんや}

「えっ!!……」


しばらく言葉を失いました。



大阪では多分鈴木や佐藤よりも普遍的であろう渡辺と言う姓。
「なべさん」とか「なべちゃん」と呼ばれる人は
大阪にゴマンと居ます。

しかしMさんと私の間で交わされる「なべさん」と言うのは
いちもにもなく渡辺 吉男さんのことです。

ジャズのレコードに関心を持っている人ならば
渡辺 吉男という名前にピンとこられた方も多いと思います。


もう四半世紀も前のこととなりましたが
大阪にはジャズやブルーズ、ハワイアン、フラメンコなどなど
マニアックなレコードを豊富に取り扱っていた「坂根楽器」という
大正から続く老舗が存在していました。

そこのお店でジャズを専門として扱っていた店員さんが
この渡辺 吉男さんでした。
ジャズのレコードに関しては日本中に名が知れていたはずです。
(ブルーズやブラックミュージックを扱っていたYさんも有名でした)

その渡辺さんが独立して
はじめたジャズ専門の中古レコード店が「ミュージックマン」です。


ミュージックマンという店の名前を聞いて
渡辺という苗字に思い当たったひともまた多くいらっしゃるのではないでしょうか。


そのなべさんがこの世を去ってしまったのです。




ジャズの中古レコードを買うと言うなんでもない行為を通して
なべさんとは浅からぬ付き合いがありました。


また波乱万丈ともいえる
渡辺さんの私生活にも思い深い感慨があります。

一時はあれほど思い入れのあったジャズのレコードに
無関心になりミュージックマンという店舗をあっさりと
人手に売り渡してしまったりもしました。


ただ故人であるとはいえ
ネット上でなべさんのプライバシーをさらすことなどできるわけもなく
いろいろな思いはMさんや私の心の内に止め置くよりありません。

このブログ上になべさんの死について取り上げないと言う選択もあったのですが
ネット上で検索した限りではそういった記事が見当たらなかったので
それはそれで残念に思いこうやって記事にしています。

あのなべさんはどうしているのかと
心のどこかに思っている方もいらっしゃるのでは。


ジャズの中古レコードの相場と言うものを日本で創り出したのは
渡辺さんであったと言っても過言ではありません。
本人も冗談のようにそう言っていました。

日本中のジャズ愛好家のなかにも
多くの方がなべさんの死について
少なくない感慨を持つであろうと信じています。



ジャズのレコードの何がしかについてのほとんどの知識を
実物をもってして私に教えてくれたのは渡辺さんでした。

いまのようにネット上で手軽に検索できる時代ではなかったので
どのレコードがオリジナルであるのが再発であるのか
入手困難であるのかそうでないのか
値段が妥当であるのか不当で有るのかといった
非常にこまごまとしたことを惜しげもなく
私に与えてくれたのが渡辺さんでした。

私の無知を随分とそしられもしましたが
レコードに関する質問には丁寧に答えてもらいました。


えさ箱の中に相場の値段よりもわざと格安の値付けをして
数枚隠しておくお茶目なところもありました。

そんなレコードを目ざとく見つけて購入すると
「なんやまたお前が買うんか」
なんて言われたのも懐かしいことです。


ジャズ喫茶をはじめるとなべさんに告げたときに
「そんな変なレコードばっかりで店できるんかいな」
「そのレコード全部あんたが売ったんやんか」
といって二人して笑いました。


店を始めるにあたって
「おまえこれ持ってへんやろ」
といってくれたのが


今もそうですが私は名盤を持っていませんでした。
このアルバムがないジャズ喫茶なんてありえませんなぁ。

「ほんでこれも探しとったやろ」

「どっちもセカンドやけどな」
「いえいえありがたさになみだがこぼれそうです」


今もおよそ三十年にわたって通うことになった
相合橋の正宗屋に連れて行ってくれたのも
なべさんでした。
(そのお酒がなべさんの人生に大きな影響を与えるのですが)


ここには書くことのできない
まだまだ多くの思い出があります。






訃報の記事を書くのは気が進まないといいながら
気がつくとかなり多くの記事を書いています。

これでも書かないようにしているのですが。

この数年にわたって
関西のジャズ界(Reそんなものがあるかどうかは別として)は
おおくの損失を受けることとなりました。

「ジャズのミムラ」の三村さん
「ラグタイム」の仲さん
「SUB」の西山さん
そしてなべさん。

大阪のジャズは大打撃ですなぁ……


 



まだ初七日もあけませんが
「なべさん、どや そっちのぐあいは」


               合掌











2012年06月12日 未分類 トラックバック:0 コメント:10

いつの間にか、その方の訃報に接して人生をふりかえざるを得ないという、
そういう訃報に接することが多くなりました。
それだけ生きてきたということなのでしょうか。

語りつくせない思いを思いながら、
献杯に流したい曲を考えたいですね。
ご冥福をお祈りしたいと思います。

2012年06月14日 Ms gekkouinn URL 編集

gekkouinnさん、こんにちは。

複数の周りの方たちからそろそろ親しい人たちの訃報に接するようになるよと言われていました。
まさにそのようになってきたので、それなりの年齢を自覚せざるを得なくなりました。

師と呼べる人たちがすくなくなるのは、とても淋しいものがあります。

2012年06月14日 Sonny URL 編集

読みました~
…私には全然JAZZの話をしてくれませんね!それどころか…私が入店すると直ぐに音楽を止めますね(笑)

マスターホンマにJAZZの人なんですね…今頃気付いて尊敬しております。

いやぁ~いつもアホみたいな私の話を真剣に聞いてくれて(みのもんたみたいに…) ありがとうございま~す!

またCD持って行きますんで♪
…よろしくお願いします。

美味しいCoffeeも…では♪

2012年06月18日 yuki URL 編集

yukiさん、こんにちは。

>マスターホンマにJAZZの人なんですね…今頃気付いて尊敬しております

ほな、いったいどんな人やとおもてたんでしょう?
たとえJAZZの人であったとしても尊敬に値するようなことはないと思います。
ジャズというのはほんまに誤解されてるんですけど、カッコええもんでも賢いもんでもまったくありません(キッパリヽ(´o`; オイオイ)。

てなことでまた珈琲飲みにきてください。

2012年06月19日 Sonny URL 編集

はじめまして。渡辺の娘です。
父のことを取り上げてくださり、ありがとうございます。
また、生前賜りましたご厚情に心より感謝いたします。
父のことを家族としてしか知らず、亡くなってから交流のあった方々から、父のことを色々教えてもらいました。
こちらの記事でも父のことを知れて、とても嬉しく思っています。
父が亡くなってから、今更ですがJAZZを聞くようになりました。もっと早く聞いておけば、色々教えてもらえたのですが、これから父の好きだった音楽を聞いていきたいと思います。
本当にありがとうございました。





2012年07月05日 渡辺の娘 URL 編集

渡辺さんのお嬢さん

思いがけない方からのコメントで
ちょっとハッとしました。

メールのアドレスをいただいておりますので
のちほどメールをお送りいたします。

ありがとうございました。

2012年07月06日 Sonny URL 編集

突然失礼します。本当に何気なく当時のことを思い出し「渡辺吉男」で検索したらこの訃報に接しました。残念でなりません。
1985年頃でしょうか、狂ったようにジャズのレコードを集めていた頃が出会いです。岡山では思うように集められず、大阪出張のたびに時間を割いて梅田から難波へと駆けずり回っていました。心斎橋に「ミュージックマン」というジャズ専門のレコード屋を見つけ、足繁く通いました。セールの時は会社を休んだこともありました。その熱気の中、レコードを乱暴に扱って「こら!大事に見ろ!」と怒られたこともありました。レジで「お前、いいのを買うなあ」とほめられてどれだけうれしかったことか! 店に行って渡辺さんがいないときはがっかりでした。店を出てパルコまでの道で2度ほどすれ違い、「いいのあったか?」と聞かれ、いつも照れ臭く「まあまあ」と答える私に、残念そうに「まあまあか?」と答えてくれた渡辺さん。最後に出会ったのは96年4月、「渡辺さん、6月から東京転勤になるのであまり来れなくなります。」「そうか、東京のレコード屋は高いぞ~」と少し寂しそうに言ってましたね。最初になべさんを知ったのは、スイングジャーナル77年臨時増刊の「ジャズレコード名盤カタログ」・・若き日の渡辺さんの笑顔が素敵で今もこの本は所有しています。26~37歳まで通い続け、青春というほど若くはなかったけれど、53歳を迎える今懐かしくて涙が出そうです。常連になってからは、お金がない時は取り置きもしてくれました。岡山から来ているのを知っていて、さりげなく「今日も出張か?」と聞いてくれたなべさん。
今はもうレコード屋に行くこと自体なくなったけど、当時の二人だけのやり取りは、僕のジャズレコード人生最大の宝です。合掌!

2012年08月09日 想い出 URL 編集

想い出さん、はじめまして。

コメントへの返信が大変遅くなり申し訳ありませんでした。

コメントいただいたような渡辺さんとの交流をもたれた方が
たくさんいるのではとないかと思い記事を書きました。

所有しているレコードをかけるときに
渡辺さんから買ったときの情景や値段などこまごましたことを思い出して
ふと感慨に浸ることがあります。

日本中のジャズファンやレコードコレクターの人たちの間には
これからも暖かい渡辺さんとの思い出が生きつづけていくのだと思います。

これからもどうぞお好きなジャズを聴き続けてくださいますよう。

コメントありがとうございました。

2012年09月24日 Sonny URL 編集

 渡辺さんには。阪根楽器で、私が学生の頃から、お世話になっていました。

 OverSeasに嫁いだ後も、ライブのポスター掲示していただいたり、主人のCDを沢山売っていただいたり、トミー・フラナガン関連の稀少盤を回していただいたり、今でも感謝すること一杯です。神戸に行かれてからは、伺う機会がなく、風の便りに訃報を知りました。

 今日、Sonnyさまのブログで初めて渡辺さんのことを拝読し、改めて手を合わせるのみです。
 
 適当な言葉が見つからないですが、ここに書いていただいたこと、共感一杯です。

 ありがとうございました。
 

2012年09月28日 寺井珠重 URL 編集

寺井さん、こんにちは。

またもや返事が遅くなり申し訳ありません。

そしてまたもや意外な方からのコメントをいただき驚きました。

関西のジャズに携わっている人々にとっては渡辺さんは無くてはならない人でした。
そういう意味ではコメントをいただいたのは至極当然のことであったとも言えますね。

渡辺さんの次第がこの記事によって知ってもらえてうれしく思います。

渡辺さんのお店で寺井さんがいらした時の事で面白いエピソードがあるのですが、
ネットでさらすような事柄でもないのでまたの機会にご紹介することにします。

ありがとうございました。

2012年10月17日 Sonny URL 編集












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