三月書房ご店主(宍戸恭一)さんの訃報

以前にも書いた気がしますがサラリーマンを辞めて以来
新聞を精読するような事は無くなってざっと目を通すぐらいですが
朝刊をながめていて訃報記事に あっ と声をあげました。

三月書房の先代のご店主の訃報が掲載されていたからです。

三月書房というのは京都にある本好きの人にはちょっと知られた
新刊本屋さんです。

一見その昔にはいくらでもあった街のありふれた本屋さんで
特に大きなわけでもありません。


しかし京阪神の本好きの間では
  「三月書房って知ってる?」
  「知ってる知ってる ええ店やねぇ」
  「僕も大好きやねん」
なんて会話がされることがままあります。

ただの街の本屋さんである三月書房が本好きの間で
知名度があるのはひとえに本の品揃えのセンスにあります。

一般書から専門書そして児童書や漫画に至るまで
店主の知性や好奇心そして愛情が注がれています。

限られたスペースであるからこそ
選りすぐられた本が意味をもって並べられたさまは
本好きの心をくすぐらずにはいられません。

ちょっとしたお茶目な仕掛けがそこここにされていて
こんな具合に二冊の本が上下の棚にあわせておかれていたりします。




うふふ 素敵でしょう


家に本があふれかえっているので
極力本を買わないようにしていても
三月書房に行くと必ず数冊は買ってしまうので
困ってしまいます(本当はうれしいんですけれど)。


店を始めてからはとんと足が遠のいてしまっていますが
サラリーマンの時分には月に一度ぐらいは通っていました。

場所は京都市役所の裏の寺町通りを少し上がったあたりにあるのですが
近所には中古レコード屋さんがありとても私には好都合でした。


購入を決めている本を手に入れる方法としては
実際にある本屋さんに足を運ぶよりもネットで注文するほうが
はるかに便利です。

そういったご時世に合わせて街のレコード屋さんがなくなってしまったのと同じく
街の本屋さんがどんどんなくなってしまったのはとても寂しいことです。

私の実店舗がある商店街には23年前の創業時には本屋さんが
三軒ありました。

ところが今はすべて廃業されています。
最後のお店の本屋さんがお店をたたまれた時の言葉が
「こんな仕事をしていると長い休みは取れないしゴルフにも行けない」
  本好きの私はこの言葉を聞いて随分と悲しい気持ちになりました。
    そうか本屋さんをするのがそれほど好きじゃなかったんだ
  私は可能ならば今でも本屋さんをしてみたい気持ちがあります。


自分がうかがい知る知識や経験をもとにして本を購入するには限りがあります。
いわゆる管見に入ったものを基準にして選択するよりほかありません。

ところが私よりもはるかに優れた知見と経験をもとにした選択がなされた
本を端的に実物をもって提示してもらえる本屋さんがあるならば
これはもう本好きには願ったりかなったりです。

そんな夢のような本屋さんを提供してくださっていた三月書房のご店主には
感謝の気持ちしかありません。

幸いなことに三月書房さんはご子息の方が先代の意思を
しっかりと受け継いで経営されているようでとても嬉しいです。


ここまで書いてきてふと気がついいたのですが
これだけ情報があふれかえっている今であるからこそ重要なものは
本屋さんもジャズ喫茶もおなじですなぁ。

結局お店というのは店主の力量に尽きるのですね。


しかしまぁ京都新聞に載るのはともかくとして
三大紙に一書店の主人の訃報記事が載るというはすごいことですなぁ。

ご店主の宍戸さん(名前も初めて知りました)は
色々な意味でも有名人であったと新聞記事にありましたが
そんなことはあずかり知らなかったとしtも私には夢のような本屋さんの店主として
一生記憶にとどまることでしょう。

                             合掌


追伸

いつぞやのことでしたが
帳場に選んだ本を持っていくとご主人の手元に
パイプとともに女性の足をかたどったタンパー(パイプの為の喫煙小道具)がありました。

今まで見たこともなかった素敵なタンパーでしたので
「このタンパーはどこで購入されたんですか」とたずねますと
「お客さんの美大生の手作りでいただいたものです」
と嬉しそうにおっしゃられました。

あのタンパーや愛用されていたパイプは
一緒に棺にいれられたのでしょうかねぇ

ちょっと今思い出しました。

2017年02月04日 ジャズではない話 トラックバック:0 コメント:0












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