天が与えた二物 ナット キング コール



"Lester Young Trio" Lester Young (Verve)

 ご存知の方も多いと思いますがナット キング コールとオスカー ピーターソンについて有名な逸話があります。ナットのことをとても敬愛していたピーターソンは素晴しいテクニックを使いピアノを弾き、ナットばりの歌をステージで披露していました。それを聞いていたナットはピーターソンに対してひとつの契約を持ちかけたというものです。
 その契約とは
  ピーターソンはピアノを弾き歌を歌うのをやめる
  ナットは歌を歌いピアノを弾くのをやめる
というものでした。
 こういった逸話についてはがせねたも多いものですが、ピーターソンの話からも事実のようです。実際のところピーターソンはナットが亡くなるまで歌を歌うことは無かったようですし、ナットもピアノを弾くことは無かったようです。ナットがこの世を去った後ナットに対するトリビュート盤がピーターソンによって作成され、そこでは久しぶりに歌う彼の姿が記録されています。
 そのアルバムや昔に記録された曲から聴かれるピーターソンの歌は上手ではありますが、とてもナットのような魅力あふれる歌とは比べるべくもないように感じます。ピーターソンにとって歌を捨てピアノに専念したことは、その後の活躍を見てわかるとおり正しい選択であったように思われます。
 さて一方のナットの方はどうだったでしょう。これまた彼も歌の分野で大成功を収め素晴しい歌い手として世に名を残しました。それはジャズにとどまるものではなく、ポップスとして広く一般の人に知られる目覚しい成果をあげることになりました。かの約束はナットに対しても素晴しい結果を産んだといえるでしょう。
 でも私はナットがピアノを弾かなくなったことに対して少なからず淋しさを覚えるのです。その理由のひとつがここに挙げているアルバムです。
 このアルバムは何かと評判の悪い(私はその説にくみするものではありません)除隊後のレスターのアルバムですが、レスターの残したアルバムの中でも特に好きな一枚です。レスターヤングという人は一般的にはベイシーのバンドに所属したことからも理解されるとおり、スイングの中にカテゴライズされるようです。しかしながら彼の演奏を聴けばすぐに理解されるとおりとてもモダンなテナー奏者です。
 残念なことにモダンジャズであるリズム隊との録音はあまり無くその先進性をあまなく記録したレコードは無いようです。レスターの素晴しさはそのフレージングや音色はもちろんのことですが、パーカーやロリンズと同じくリズムに対する自由さや、大きな構成のソロにあると思います。
 パーカーがその個性を確立するに当たり、アルト奏者のものではなくレスターをコピーしたという事実にはとても興味深いものがあると思います。
 そのレスターに劣らない先進性を持っていたユニークなピアニストがナット キング コールであったと思います。このアルバムではレスターのテナーとナットのピアノにバディ リッチのドラムスで演奏が行われています。ベース奏者がいないのですが、その役割はナットの左手が十分に果たしています。左手で奏でられるベースラインに自在に絡みつくような右手でのもうひとつのライン。当然のことながら右手ではメロディも奏でられるのですが、そのつかい方がとても巧みであるため、まるでナットが3人分もの役割を果たしているかのように聞こえます。
 そのラインで選択される音のとてもユニークなこと。この時代にこれほどのモダンな響きを持ち込んだのはバド パウエルやセロニアス モンク、エリントンぐらいではなかったのでしょうか。
 それらのラインや奏でられるフレーズのタイミングもまったく自由で驚くべきものです。演奏からところどころに感じられる均一な四部音符のノリが無ければ、とてもこれがスイングにカテゴライズされる演奏だとは思わないでしょう。
 それら先取性あふれるナットの演奏に反応してとても楽しそうにレスターが自由な演奏を繰り広げています。こんなにレスターを刺激したピアニストは後にも先にもナット キング コールただ一人であったのでは無いでしょうか。
 
 ピアノを弾くのをやめ歌に専念することを選んだナット。本当に彼の選択は正しかったのでしょうか。彼がモダンエイジにピアノを弾き続けていればどんなことがジャズにもたらされたでしょうか。またもやあるはずもないたられば…
 たとえ天から二物を与えてもらったとしても人の一生はあまりに短いと思わずにいられません。

2005年09月21日 埋もれたCD紹介 トラックバック:0 コメント:0












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