私がヴォーカルのジャズライブに行かない理由




 歌詞がわからず洋楽が聴けないので英語の勉強をしているという、最近知り合った若い人がいます。怠け者の私は彼のことをとてもまぶしく感じました。私がヴォーカルというジャンルを避けている理由のうち、大きなもののひとつが歌詞がわからないからということだったからです。
 ならば英語の勉強をするかというと、他にやらなくてはいけない事が有るからなどと言い訳しつつ怠惰な日を送るわけです。我ながらどうしょうも無いなあと感じつつ。
 歌詞などわからなくてもヴォーカルは楽しめるという意見もあります。確かにメロディや歌い手の声、ニュアンスや雰囲気でヴォーカルを楽しむという方法もあるでしょう。
 しかしながら、どんな歌詞でもスキャットで無い限り、そこには意味があります。それをわからずに音楽を聴くという行為に私は気持ち悪さを感じるわけです。
 「正確な意味はわからなくても同じ人間なんだから大体のことは伝わるだろう。英語だって二、三割分かれば十分、音楽は世界共通だよ。」とおっしゃる方も多数いらっしゃるでしょう。それは大きな幻想です。ここでも、人は事実を知りたいのではなく、信じたいことを信じるのです。

 英詩の曲のタイトルを使わずに、日本語のタイトルが使用されていることがあります。
 I Can't Give You Anything But Love ただ捧ぐるは愛のみ
 Someday My Prince Will Come     いつか王子様が
といった具合です。この例の場合ではこの日本語タイトルは間違いではなく妥当なものだといえます。しかし誤訳として有名なものも多数あります。
 Just Friends       とてもいいお友達、とても仲良し
 You'd Be So Nice to Come Home To   帰ってくれれば嬉しいわ 
"Just Friends"はお付き合いを断りされるときの常套句「いつまでも良いお友達でいましょうね」というのが本当の意味です。
"you'd Be So Nice to Come Home To"は帰りたいのは私の方で、「帰って行けたら嬉しいのに」が正しい意味だそうです。このことはこの日本語タイトルをつけた大橋巨泉氏が陳謝しておられます。
 この二つの例はとても有名なので最近は訂正されていることが多いのですが、まだまだそうとは知らずに理解されたつもりの方もいらっしゃるようです。
 英語のタイトルからしてこの有様です。生半可な英語では正しい歌詞の理解はとてもおぼつかないようです。
 「細かいことは分からなくたって大体のニュアンスは伝わるもんだよ。悲しみは悲しみ、喜びは喜びだよこれは万国共通。」との反論も有るでしょう。またしてもまたしても人は信じたいことを信じるわけです。
 ジャズというのは素直に悲しいことを悲しいと言わないことも多いのです。心のうちでは悲しいのにそれをさらっと言ってのけ、わざと明るく振舞う。そのことがその悲しみをより倍加して人に伝えるわけです。
 こうなるとやはり正確に歌詞を理解しないと十分にその歌を楽しむことは出来ないわけです。

 最近は幾分英詩に対する解説書もあるようで、歌い手の中でもよく勉強しておられる方もいらっしゃるようです。しかしながら、特に強調する部分でもない歌詞を歌い上げたり、英語の理解できない私ですらへんな英語で歌う方もまたいらっしゃるようです。
 とくとくとしたしたり顔で歌っていた方が、外国人の方がいらした途端どぎまぎとして歌がボロボロになるというのを見ていた経験もあります。
 よくも分からず自信たっぷりに歌を唄う歌手。歌詞などわかっちゃいないが得心顔で拍手を送るジャズ通達。
 どうしても私はこういった状況の中では居心地の悪さを感じるのです。
  またもや私の稚拙な文章力で迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。rollins1581さんのおっしゃるとおりで対訳などを参照することにより歌物を楽しむことは可能です。実際のところ私もそうしていろいろな国の歌を楽しんでいます。悲しいことに日本語のお浄瑠璃や謡曲も(笑)。
 ここで私が記事で言いたかったことをできるだけ整理してみようと思います。
 1.英語を勉強しない怠惰な自分への反省とまっすぐな若い人へのうらやましさ。
 2.歌詞をないがしろにして音楽を聴くことへの私が感じる気持ち悪さ。
 3.英詩の表現することを理解することの難しさ。
 4.ジャズの歌い手が使う表現の多彩さ。
 5.たいして勉強もせずに人前で歌を歌う人への嫌悪感(すべての歌手に対してではない)。
 6.物事の本質を理解せずにジャズ通ぶる人々への嫌悪感。
 実はこの続編で日本の多数のジャズ歌手がどうしてわざわざ英語で歌を歌うのか。歌詞を伝えるのが目的であるはずの歌い手が、なぜ日本語で唄う努力をしないのか。原文尊重というのならなぜシャンソンが原曲の「枯葉」は仏語で唄わないのか。一昔前までは不可能と言われた日本語でロックを歌うことをロック歌手たちは見事にクリアしたではないか。
 といったようなことを記事にするつもりでした。
 上記を踏まえて再度記事を読み直してくださる様お願いします。
 お手数をおかけしましたがこの様なコメントはとてもありがたく思います。又変だと思ったら遠慮せずにコメントください。rollins1581さんに感謝します。

2005年09月24日 象をなでながら考えるJAZZ トラックバック:0 コメント:17

 生意気ながら反論めいたことを書かせていただきます。
 「歌詞がわからないから洋楽が聴けない」「正確に歌詞を理解しないと十分にその歌を楽しむことはできない」というのは非常に勿体無い話だと思います。世の中には素晴らしいジャズ・ボーカルもあればジャズ以外にもロックもソウルもシャンソンもレゲエもサンバもボサ・ノヴァもカッワリーもあります。歌詞がわからないからといって聴かない・楽しめないのはそれらの音楽を全て聴かない・楽しめない、ということになり、「おいしい」ものを随分逃しているのではないか、と思うのですが……
 私は歌物はたいてい対訳つきのものを買います。対訳やその対訳に含まれるかもしれない誤訳などで正確につかめない部分は、いい歌い手であればその人が補ってくれるはずだと考えています。
 でも、最近は誤訳は少ないと思いますよ。英語を勉強する人たちが増えてきましたから、簡単に誤訳がわかってしまいます。80年代のロックやソウルはひどかったです。誤訳だけならまだしも、「聴き取りによる原詞」自体が間違っていることや、歌手のイメージを壊さないためにわざと違った意味で対訳しているものがありましたから。

2005年09月26日 rollins1581 URL 編集

Sonny
長くなったので本文の追記にてお返事しました。ご一読いただきたく思います。

2005年09月26日 Sonny URL 編集

私は歌詞の意味よりも、言語のサウンドを楽しむほうです。日本語にはないサウンドと、それに絡んだメロディーラインの妙。ああ、カッコイイ… ただそれだけです。その後、もっとニュアンスを知りたくなって、対訳やら、辞書を調べたりして吟味する、といった具合です。言語にはそれぞれサウンドがあって、それに合った音楽があるので、単に英語を日本語にするというのが私は理解できません。ジャズ、ブルース、ロック、R&Bはやっぱり英語じゃないと合わないです。ちなみに、日本人の歌うジャズは私は嫌いです。サウンドもニュアンスも稚拙に感じるからです。(まあ、単なる好き嫌いですが)

2005年09月26日 フィル URL 編集

 またまた不完全な記述でご迷惑をおかけします。少しばかり補足説明いたします。
 「私は歌詞の意味よりも言語のサウンドを楽しむほうです」
 私自身は歌詞がわからないと気持ちが悪いので、なるだけ調べるようにします。

 「もっとニュアンスを知りたくなって対訳やら辞書を調べて吟味する」
 そうそう気に入ると意味を知りたくなりますね。

 「言語にはそれぞれサウンドがあって、それにあった音楽があるので、単に英語を日本語にするというのが私は理解できません。」
 まったく私も同意見です。単純に英語を日本語に置き換えていたのではだめだと思います。もし英詩の歌詞を日本語にして唄うのなら元の歌詞は大意だけを取って、曲に合うように歌詞をつければいいと思います。別に元の歌詞を無視してもまったくかまわないと思っています。 ボサノヴァやシャンソンなどをアメリカ人が歌う際にもそうした手法をとることが多いです。
 又日本のポップスやオリジナルをどんどんジャズとして唄うべきだと思います。記事でロックのことを言いましたが、歌詞がほぼ物語であるシャンソンも早くから日本語で歌うことをクリアしています。そうならない限り日本のヴォーカルジャズは本家のエピゴーネンやまがい物の域を出ることは無いと思います。
 その結果できあがったジャズを私自身が気に入るかどうかは別問題です。シャンソンは好きだが越路吹雪は聴かないという人がいるのと同じことです。

「日本人の歌うジャズは私は嫌いです」
実のところ私も今のところ好きとはいえません。それでまったくかまわないと思っています。このブログをお読みいただければわかるとおり音楽は自分の好きなものを聴けばいいと思っているからです。全員が皆同じ方向をむいて音楽を聴くなんて事はとても気持ち悪く感じます。

 最後に、こんな自分勝手なブログに真剣にお付き合いくださるフィルさん、いつもありがとうございます。三日坊主でやめるかと思いましたがブログも捨てたもんではないなと感じています。感謝します。

2005年09月26日 Sonny URL 編集

私は一応ヴォーカリストなんですが、ジャズヴォーカルについての考え方は共感するところが、正直いってあります。ジャズも歌っていますが、貴方のように思ってるお客様もいるんだろうなって思います。私は歌うことは伝える事だと思っているので(私の場合は、ですが)歌詞はトテモ大事です。そしてライブでは私が思うその歌への思いと内容を短めですがお話します。だって、もし自分が聞く立場だったら、ただ歌われてもおもしろくもなんともないからです。確かにジャズの歌詞はちょっとひねくれていて、解釈しにくいですよね、だから内容が自分に合わないものは歌いません(歌えませんが、正しいかも)自分がわかりやすくて、人もわかりやすい、それが私の歌なんですね(単に難しいのが歌えないともいえますが)ライブって歌だけじゃなくて、MCも何もかもみーんなひっくるめてライブだと思うんです。だから歌詞はライブの一部でそれ以外にも楽しめる物があればなと、歌だけでひっぱれないヴォーカリストは思うわけです。「勉強不足で人前で歌う」のは申し訳ないです、確かに。でもこれで十分!という勉強も難しいものがあるので、聞いてくださる人が一人でもいれば歌いたい、歌わせていただく、というのが私の気持ちです。

でも、自主ライブで日本語の歌も取り混ぜて歌ったときの心地よさ!そのうち、歌ってるお店で日本語の歌をうたってみせようぞ・・と実は思っています。そのときは聴きにきてくださいね(なんて)コメントにもならないコメントでしたけど、お気持ちは内心同感です(^^;

2005年09月27日 hiromi URL 編集

 hiromiさんどうもコメントありがとうございます。
 内心ヴォーカリストの方の書き込みが無いかと期待していました。知り合いのヴォーカリストにこの様な話をしても、はかばかしい反応が無いのでがっかりしていました。hiromiさんのように歌を伝えることを大切にしていらっしゃる方がおられてうれしい限りです。
 自分に合わないものは唄わないという姿勢は非常に大切だと思います。"Strange Fruit"やCome Sunday"などは日本人が唄うものではないと思います。
 ジャズの人ではないのですが笠置シズコさんの日本語化されたブギウギにはいつも感心しています。未聴でしたら一度聴いてみて下さい。
 ぜひ日本語の歌を唄う努力を続けてください。hiromiさんは東京の方のようなので聴きにいくことは中々難しいでしょうが機会があればぜひ伺いたいと思います。
  URLやメールの書き込みが無かったのですが、私の知るhiromiさんでは無いようですね。お知らせくださればありがたいです。
 そのままの姿勢で歌を唄っていかれる事を期待しています。これからもよろしくお願いいたします。
 

2005年09月27日 Sonny URL 編集

コンバンハ。
「歌詞を聴かない」を標榜しているbugaluでゴザイマス。ワタシが「歌詞を聴かない」と言っているのは、要するに「音楽に於けるコトバ」の位置づけが未だ出来ないからです。(ホントはイヤでも聴こえてマス・・・)

コレは深~い問題ですよね。
私も実は、クリアしてません。
「歌」ってなんですかね~。ムツカシイです。
サウンドは生理的な快楽をもたらすものであり、コトバは知性に働きかけるモノ。(基本的には、デスガ。)
「歌」はその両方が一緒になったモノですから、「歌」から受ける感動って何なのか考えてしまいますね。
私が自分でも困惑するのは、日本語の「歌」から受ける感動って、やっぱり、外国語の歌から受ける感動とは、ちょっと違うっていうコトですね。
そういえば、日本語の「歌」というコトバは元々、「Song」とは別モノですよね~。「歌」はあくまでも、「歌を詠む」の「歌」であってコトバですよね。もちろん韻を「感じる」モノではありますが。
私はサルサ(スペイン語!)を聴くし、ブーガルーをなどを演奏している身でもありますので、ココラヘンは常に喉元に突きつけられるモンダイです。
まぁ、現状では、詩を理解しきれないキモチワルサとも付き合いつつ、意味を知ったり知らなかったりしながら、サルサ聴いたり、ジャズボーカル聴いたり、ブラジル聴いたりしております。惹かれるサウンドが取り敢えずソコに存在シテイマスノデ。コラエ性のナイ俺・・・。(ニホンゴでも意味がよく分からないのあるし。)

2005年09月27日 bugalu URL 編集

bugaluさん、コメントありがとうございます。
 私は音楽を享受する立場であって提供する側ではありません。従って歌詞を理解するのが面倒であれば聴かなければいい、あるいは歌詞を無視してニュアンスで楽しめばいいと言う気楽な立場にいます。プレイヤーの立場にある人のご苦労は並大抵ではないだろうなとお察しします。
 ジャズ界の大御所と呼ばれるような人たちが平気で歌詞カードを見ながら歌を唄う様などを見るにつけ、演者の意識の低さを嘆いていたのですが、問題意識を持っておられる方がたくさんいらしてうれしく思っています。
 当然このことは音楽を鑑賞する側にも同じく問題を提議しているわけですが、お勉強嫌いの私はその解決を一寸のばしにしているのが現状です。
 コメントの歌についてですがもともと「訴ふ」、つまり人の心に訴えかけると言うのが原義であるらしいですね。歌うという漢字にしても「唄」「謡」「詠」「謳」「唱」といろいろなものがありますね。
 いずれにしても現在の日本人の歌はbugaluさんのおっしゃるように外国の歌とは本質的に違うような気が私もします。お浄瑠璃や長唄、常磐津、清元と言った類のものは元来語るものであり、非常に散文的であると思います。外国の詩が歌になるような成り立ちとは少し違っているようですね。
 その上日本人は近現代にいたり、それらの文化を捨て去り欧米の音楽を借りてきたため、なんとなくそのよりどころに苦労しているような気がします。
 ええと、話が変な方向へ行ってしまいそうなのでこの辺にしておきます。
 しかしながら、bugaluさんの音楽鑑賞の間口の広さにはいつも感心するばかりです。その飄々とした語り口もうらやましく思います。
 真摯なコメントありがとうございました。いつもご訪問いただきうれしくおもいます。又よろしくお願いします。

2005年09月28日 Sonny URL 編集

コメントして励まされちゃいました(^^)、有難うございます。実は初めましてでした。いきなり書き出して失礼しました。私のブログ履歴から飛んできたので、知らないHiromiです(笑)

仰る事を受け止めて、これからも頑張ります。
私は大阪に行く事があるので、機会があればお邪魔したいです。

2005年09月28日 hiormi URL 編集

hiromiさん失礼なんてとんでもありません。又コメントよろしくお願いします。お会いできるのを楽しみにしています。

2005年09月29日 Sonny URL 編集

久しぶりにお邪魔します!すごい数のコメントですねー。ためになります。私も英語がぜんぜん喋れないんで、何でジャズを歌うのかというところでは自分の立ち位置がいまだ見つけられずといったところです。ジャズが好きで、でも楽器ができなくてとりあえず歌だけなら歌えるだろうというところで始めたのですが、やはり、ジャズは英語でないとメロロディーにきれいにのっかりません。日本語で歌ったりすることもありますがニュアンスや発声からして違ってきます。よほど上手に訳さないと難しいと思います。
それで、苦肉の策で、歌詞の内容を説明するということもしますが、それ以前に、歌うときに歌詞をよくよく自分なりに解釈して咀嚼して消化し、反射的に口から出て来るくらいまで練習します。あとは、歌うときに、その歌をうたう人になるようにだけ集中します。ここでニュアンスをつけようとか、あそこで盛り上げようとかは一切考えません。手前味噌ですがこうして歌うようになったら、聴いてくれる人もいい歌だねといってもらえるようになりました。
笠木シヅコとか、美空ひばりとか聞いてみますね。

2005年10月06日 ピアニシモ URL 編集

 ピアニシモさんご訪問ありがとうございます。
 上記の繰り返しになりますが、私は歌詞を伝えそれを聴くのが歌だと思っています。それを英語がわからないものが英語で唄い、英語をわからないものがそれを鑑賞するといったところに気持ち悪さを感じるわけです。
 私が英語がわからないとしても日本人の歌手の方が正確な英語を用い歌を唄おうという努力には敬服いたします。残念ながら正確に英語で唄っていただいても私にはその英語の歌詞の意味が伝わらないのです。悲しいかぎりです。
 又、私が英語が理解できるとしてもそのときにわざわざ日本人の歌手のものを聞くかどうかは甚だ疑問です。エラ、サラ、カーメン、カサンドラいくらでも本場のいい歌手がいます。
 確かに日本語で唄ったのなら英語で唄ったジャズと等しいニュアンスのものにはならないでしょう。
 アメリカ人ではできない、日本人であるからこそのジャズにならないと、いつまでたってもエピゴーネンに堕するのではないかと思います。
 私は聴くばかりの立場で何とでもいえます。現場で問題意識を持って立ち向かうピアニシモさんのことをうれしく思います。
 コメントありがとうございました。又よろしくお願いします。

2005年10月07日 Sonny URL 編集

さっそくのお返事ありがとうございます。ふと思い出したのですが、昔、唐十郎の赤テントの芝居を観に行ったときに、日本語もストーリーもハチャメチャで、それでも私は十分楽しめたのですが、連れは、全然だめだといっていました。日本語でも、意味がわからなくて不愉快だと。ちょっと的外れかもしれませんが、そんなことを思い出しました。
日本人でプロでジャズを演奏している方も、やはり、本場の人にはかなわない、といっているのですから、歌はなおさらですよね。死ぬまで精進あるのみです。

2005年10月07日 ピアニシモ URL 編集

ここの最後のコメントから、ずいぶん時間が経ちましたが、ジャズスタンダードを日本語で歌うことに興味を持っています。
URLをご参照ください。
「日本語で歌うジャズ詩EtoJ」というサークル名で、昨年末のコミックマーケット75に日本語訳詩集を出しました。
英語で歌ってる人と、日本語で歌ってる人が同じ意味内容のジャズスタンダードを歌うことができたらと思いました。

よければ、コメントください!

2009年01月08日 BT URL 編集

BTさん、こんにちは。

コメントありがとうございます。
サイトを訪問しての感想はメールでご返事いたしました。
またお立ち寄りください。

2009年01月10日 Sonny URL 編集

メールありがとうございます。
Sonnyさんの邦楽に言及した記事も見させて頂きました、遅まきながらですが..(^o^);。
ジャズにしても、邦楽にしても、興味のみで言うのはよくないだろうと思いますが、ジャズヴォーカルを聞くのに、やはり、邦楽の方がジャズをやるときのスタンスが、一つの支えになるように思います。
日本語でジャズを聞く視点があるように思います。

以上、思いついたことで書きました。

また、よろしくお願い致します。









2009年01月11日 BT URL 編集

BTさん、こんにちは

またお気軽にコメントください。
ありがとうございました。

2009年01月12日 Sonny URL 編集












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