音楽であること




 今日たまたまNKKの番組を見ていたところ千住真理子さんがインタビューに答えているのを拝見しました。国会答弁の放送の都合から再放送であったようですがとても興味深い話をしておられました。ただ、最初から見ていただけではなくほんの5分ほど見ただけなので完全に内容を把握していないことをお断りしておきます。
 千住真理子さんといえば神童と騒がれたヴァイオリニストであるということを知っていただけでそれ以上の認識は私にはありませんでした。どうやら一度音楽を演奏することに挫折して数年の間コンサートをしていない時期があったようです。
 神童であり続けることのプレッシャーや完璧であることへの潔癖さなどから演奏会では観客が全てジャッジのように見えたそうです。多分に軽い神経症をおこしておられたのだとおもいます。
 完全にヴァイオリンを止めた生活をしていたある日、人に請われてある患者さんの前でヴァイオリンをお弾きになったそうです。自分の演奏史上最低の出来であったにもかかわらず、その患者さんはとても喜んで感謝してくださったそうです。
 そのときに千住さんはこう思われたそうです。「ヴァイオリンを早く弾きこなしたり人を驚かせたりしなくても、音楽で感動させることが出来るんだ。これが音楽なんだ。」
 どう音楽を演奏すればいいかを理解した千住さんは今度は自分の思い通りに演奏できないことにもどかしさを覚えたそうです。結局のところ自分の思いのままに演奏するようになるのに7年の歳月が必要であったとのことでした。
 ここで私は「そうなのよそこなのよ」と心で大きくうなずきました。

 演奏が上手であることと、いい演奏とは全く異なるものです。ジャズ界にも演奏が上手な若手というのは数多く出現しそれなりの人気も有るようです。しかしながらその演奏がすばらしいものかというと疑問があることが多いのも事実です。結局のところ演奏で一番大切なのはセオリーどおりに楽器を上手に演奏したり人を驚かせたりすることではなく、どれだけ人にうったえるものを持ち得ているかにかかっているようです。いかに楽器が上手であっても中身が空っぽではいい演奏は出来ないということです。
 ところが、音楽を演奏する立場ではなく聴く側にあってもここが一番の肝心なところ、そして難しい所なのです。楽器の上手い下手というのは誰にもわかりやすいものです。しかしながらその演奏がいいものか悪いものかというのは、すぐにわかるようにはならないのが普通です。
 この部分はなかなか人に説明できるものではありません。わかりやすくていい演奏というものも有りますし、難解ではあるけれどもいい演奏もあります。結局のところわかる人にはわかるし、わからない人にはわからないというトートロジーに陥ってしまいます。この辺が私の最大のジレンマでもあるわけです。
 

 番組の中で千住さんはストラディヴァリウス(名前は覚えていません)で”メヌエット”を演奏しておられました。それはなんというか穏やかではあるがつよく暖かい演奏でした。たとえるならば、知性の感じられる若い母親のような感じがするように思いました。
 一度千住さんのアルバムを買ってみようと思います。
 

2006年01月25日 未分類 トラックバック:0 コメント:4

いつも大変参考になるご意見ありがとうございます。
いい演奏って確かに難しい・・・。
自分は今の自分に心地いいものを聴いてます。ジャズの深層はまだまだ深いので開拓の楽しみを感じつつジャズを聴く毎日です。

2006年01月25日 あじ URL 編集

あじさん、コメントありがとうございます。
自分の好きなジャズを聴いていくというのが理解への王道だと思います。そのうえで何となく気になるなと思うジャズを折にふれ繰り返し聴いていくのがいいと思います。あせってお勉強せずにゆっくりと楽しんでいくのが一番です。

2006年01月26日 Sonny URL 編集

こんにちわ。
古い友人の結婚式で彼女の演奏を聴く機会が有りました。
奥さんになる方と彼女が従兄弟だそうです。
ほんの数メートル前での演奏を体験する事が出来たのですが、弦と弓とが触れ合う直前の無いはずの音が存在する事を実感させられました。
本当に音は空気の振動なんですね(笑)。

2006年01月29日 falso URL 編集

falsoさん、ご訪問ありがとう御座います。
10年以上前ということですが、千住さんが復帰された後だったのかそれ以前だったのかどちらだったのでしょうね。いずれにしても個人のために演奏されたものならば、格別な味わいがあったのだろうなと思います。私もそんな機会に恵まれてみたいものです。

2006年01月31日 Sonny URL 編集












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